生前の淀川長治氏が某トーク番組に出演した際、MCに冒頭で「淀川さん、今、タイタニックが人気ですね~」なんて、いかにも落語のマクラのように振られて「いやあ、あの映画はつまんないですねえ」と発言したことがあった。MCアナウンサーは、しばし絶句。観ていた俺は爆笑したのを覚えている。山田監督は、今そのような境地にあるのではないか。淀川氏は「日曜洋画劇場」の解説を卒業されてからのことだったし、山田監督も、「男はつらいよ」シリーズを終えてから、『もう何を言われてもかまうもんか』という域に達しておられるのであろう。原田マハの原作を、超越いや、大幅に書き換えた脚本。(原作のアメリカの映画評論家とのやりとりは、どこに行ったンだ!あそこが良いのに)まあ、もちろん原作者の了解を得ているだろうから、俺がとやかく言う筋合いは無いけれど。「小田」「出水」監督の設定は、間違いなく「小津安二郎」「清水宏」ということだろう。オマージュというよりも、ツラ当て、積年の憂さ晴らしといったところか。よくもまあズバッと語ってくれたもんだ。山田喜劇の神髄、ここには見えたり。菅田将暉が永野芽郁を雨傘さしたまま不器用に抱きしめるシーンは、「寅次郎相合い傘」名シーンへの換骨奪胎と観た(いや自画自賛トリビュートだな)。「男はつらいよ」で頼りなさそうな店員役を演じていた北山雅康の借金取り立てチンピラ芝居に、10点差し上げる。山田監督の、こういう絶妙なキャスティングは素晴らしい。北川景子のスター女優役は、原節子がモチーフなんだろうけど、細やかな仕草が往年の淡島千景ってとこかな。どちらにしろ女優が輝くほど美しく見映えていて良い時代の話だ。「東村山音頭」を唄うジュリーに、志村けんの幻影がチラつき泪ぐんでしまう。でも、ハッキリしておこう。やはり『シムラだったらな』と妄想してしまうのは致し方ない。