「生きるって、なんて素晴らしいんだろう。」試聴会でジム・オルークの新作『ザ・ヴィジター』を聴いて、感嘆とともに真っ先に浮かんだ言葉である。全1曲、約38分のインスト・アルバム。それは、1人の人間の人生を、生から死まで走馬灯のように垣間見ているかのような、そんな感動的な時間であった。
思えば、ジム・オルーク名義としては8年ぶりのオリジナル・アルバムである。2001年に発表された前作『インシグニフィカンス』の後、ソニック・ユースに「道楽」担当として加入し、友好的に脱退。ウィルコ、カヒミ・カリィ、ベス・オートン、ジョアンナ・ニューサムなどの作品の制作にも関与したり、映画『スクール・オブ・ロック』の音楽コンサルタントを務めたり。様々なコラボレーションを経て、遂に、身一つのジム・オルークが戻ってきたのである。
本作は、楽曲、アレンジ、全ての楽器の演奏、録音、ミックスにいたるまで、一切合財がオルーク1人の手によって作られている。しかも、編集が全くなく、丸ごと1曲全てがリアルタイムの演奏によるものらしい。ちょっと頭がおかしいんじゃないか、この人は。…なんて今さら言うことでもないか。
今作の物語は、優しく爪弾くアコギの音色から始まり、ピアノやベース、ドラムなどが加わっていく。ポジティブに湧き上がる生の躍動。増幅された音の生命力が半端無く押し寄せてきた後で、また、静が訪れる。ピアノのみがゆるやかに揺れながら。再びアコギが紡がれ、静と動を行き交いながら、3拍子→4拍子→5拍子→6拍子と、リズムが変化する。それから後は拍子なんて関係ないぐらいに、人生における喜びや哀しみ、逆境、順境などの様々な局面を想起させながら進み行く。
基本的に3連のリズムが多いからなのか、空間ごとぐるぐるとまあるく揺られているかのような、そんな心地良いスパイラル感覚に襲われる。
カオティックな嵐がうねり、体をたたきつけたと思ったら、しばらくの静けさを挟んで再び生の躍動へ。幸福感に包まれる瞬間が何度も何度も訪れる。そしてその後、人間の最晩年のように、静かに、孤独に、哀愁を漂わせながら、物語は幕を閉じる。
試聴会では、印象的な男性が2人いた。まずは、気持ち良すぎたのかすっかり熟睡している男性。そして、真ん中に陣取っている男性は明らかにオルークの熱烈ファンと思しき様子で、終始恍惚の表情を浮かべ、時には笑みさえこぼしながら音に委ねた身を揺らしていた。
楽曲が終了して空間を満たす静寂。全くの無音とともに漂う余韻の中、「ほあっ」という至福と感嘆の混じった溜め息が、真ん中に陣取った彼の口から漏れていた。それが、このアルバムに対する最高の評価であったことは間違いない。そう確信せざるを得ないほど、約38分間のオルークの世界にどっぷりと入り込んでしまった私は、「生きるって素晴らしい」感を全身で享受していたのだった。
皆さんも、この優しさを伴うまろやかなオルーク・ワールドの包容力に、身も心も全て委ねてみちゃえばいいじゃない。そう、日常に疲れてしまっている貴方なら、なおさら。(阿部彩人)