原雅明氏の新刊『音楽から解き放たれるために──21世紀のサウンド・リサイクル』はまず、現在の音楽の現場におけるミュージシャンとリスナーとの信頼関係に分け入るどうしようもない亀裂から話題をスタートさせる。2000年代にダウンロードや制作側のテクノロジーの進化により起こった音楽を取り巻く状況の変化やパーティーの変容。原氏は雑誌への寄稿やフロアやショップからのダイレクトなレポートを通してインディペンデントであることの難しさや、マーケット優先のシーンへの警鐘、そして地下層での新しい音が生まれる予兆を決して悲観的でなく捉え続けてきた。折りに触れ音楽についての文章を書くことの難しさを吐露しながら、時にはそこで紹介されるCD以上に雄弁に音楽の楽しさと可能性を伝える彼の筆致は、冷徹な分析そして膨大かつ体系的な知識をおしげもなく盛り込みながら、決してマニアックに閉じようとしない。本著でも一般的に原氏の得意分野とされる音響作品やヒップホップについての真摯な語り口の素晴らしさは言わずもがなだが、後半のディスクガイドに収められているくるりの『ワルツを踊れ』をサヴァス&サヴァラスと比較しながら「ディアスボラ的ポップ・アルバム」とするような視点は、レコード会社の出稿費が頼りの現在の日本の音楽雑誌ではなかなかお目にかかれるものではない。こうした行為を続けることこそが、この本に通底して語られる「音楽をリサイクルすること」の有効性とも繋がるのではないだろうか。そして、だからこそ次は原氏がばっさりとJポップを斬り伏せていく評論集というのも読んでみたい気がするのだ。
原 雅明 プロフィール
ライター、レーベル・マネージャー(corde.co.jp)、時々DJ。ヒップホップ、ジャズ、エレクトロニック・ミュージック等のアンダーグラウンド音楽シーンの紹介にたずさわり、『サウンド&レコーディング・マガジン』『ミュージック・マガジン』『スタジオ・ボイス』等々、さまざまな雑誌に寄稿。90年代中盤から10年余りの間、インディペンデント・レーベル〈soup-disk〉を、2005年からは〈disques corde〉としてレーベル運営をするほか、海外アーティストの招聘、イヴェント企画も行なう。近年はアメリカ西海岸、LAの音楽シーンの紹介に力を注ぐ。現在は、LAのネットラジオ局DublabとCreative Commonsによるアートプロジェクト〈INTO INFINITY〉の日本でのプロデュースを担当。
原雅明
『音楽から解き放たれるために──
21世紀のサウンド・リサイクル』
ISBN:978-4-8459-0939-1
定価:1,995円
仕様:四六判変形/336ページ
発行:フィルムアート社
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