渋谷アップリンク・ファクトリーでの体感試聴会に出演した石橋英子
去る2010年12月20日、渋谷アップリンク・ファクトリーで石橋英子が新作『carapace』リリースに先立ち体感試聴会のゲストに登場した。様々なミュージシャンの制作やライブに参加するとともに、弾き語り、バンド編成ともにソロのライブ活動も活発化させてきた彼女。通算3作目となるアルバム『carapace』は盟友ジム・オルークをプロデューサーに迎え、彼女の歌とメロディにフォーカスが当てられた作品となっている。この日は、リリースに先駆けた全曲の先行試聴会の後に、トークゲストに登場。静謐さとイノベイティブな楽曲構成を併せ持つ彼女の音楽の真価が発揮されたアルバムについて語った。
亀の甲羅を触ったあのいびつな感じを今でも覚えている
── 今作の制作のスタートは?
2009年の12月くらいから曲を作り始めていたかな。これまでのアルバムは、作り始めてから録り終わるまで3、4ヶ月くらいだったんですけれど、今回は、作っては捨ててというのを何回も繰り返していて、それで時間がかかりました。というのも、前作の『Drifting Devil』まではドラムから曲を作ることが多かったんです。即興を多く重ねていって、音を鳴らしていくうちにできあがっていくやり方だったのが、今回はまずピアノと歌だけで作って、それでデモを完成させようと。でも自分の声がほんとうに好きじゃなくて、自分で録ったものを聴くとほんと滅入るんですね(笑)。それでも何回も消して、何回もいろんなアイディアを捨てて、そういうことを繰り返していくうちに時間が経ってしまったんです。── 確かに『carapace』は石橋さんの歌とピアノをメインにあって、そこに音が重なっていくという印象があります。
ドラムとかビブラフォンとかフルートとか自分ができる楽器をあえて入れないアレンジでデモを作って、ジム(・オルーク)さんや(山本)達久くんに聴いてもらって進めていきました。
── 今回そうした制作方法で臨んだ理由は?
あまり深い意味はないんです。けれど単純に弾き語りのライブが増えてきて、ドラムから作ってきた曲はライブでできない曲もあるんです。アレンジし直しても、嘘くさくなってしまったり。純粋に弾き語りでライブができるようにと思ったら、そのスタイルで作っていくのもいいんじゃないかと思って。あと、あまりそういう曲作りを自分のためにしたことがなかったので、チャレンジしてみたかったということもあります。
── 石橋さんがあえて歌について向き合うという作業は、難しさがありましたか?
そうですね、それは自分の歌が好きじゃないというのが大きいと思います(笑)。でも、自分が作る曲で自分でしか歌えない曲があるんじゃないかと思って、そこを模索しました。
── マルチプレーヤーとして知られる石橋さんのなかで、ボーカルというのはどんな位置づけなのでしょう?楽器のひとつ、というのとも違うのですか?
確かにいわゆる〈歌もの〉のような、歌が前に出てくる感じではないですが、でも楽器のひとつというのもちょっと違う気がして。音楽的な自分の歌の立ち位置をあまり考えたりせずに、たまたま出てきたメロディが歌だった、そういうだけで。すごく空気とか景色のようなもののひとつという感じがします。
── ジム・オルークさんは石橋さんのソロライブのバンドメンバーでもありますが、プロデューサーとしてのジムさんとの共同作業はどうでしたか?最初の石橋さんのデモにいろいろな色を加えていくような作業だったのでしょうか?
加えていくというよりは、曲を聴いてくださって、曲の中に入っていって、曲の持つ方向性をどう広げていくかというアイディアが多かったです。ジムさんはあまり押しつけがましくないので、ひとりの空間を作ってくれたり、曲について私によく考えさせてくださった。例えばオーバーダビングに関しても、私は思いつきでなんでも重ねていくことが多かったんですが、そうじゃなくて、曲の中のセクションごとになにが必要でなにが必要でないか、ひとつひとつ立ち止まって考えることを学びました。
── おふたりともマルチプレーヤーなので、どんな楽器もスタジオで試せてしまうといういいところがあったんじゃないですか。
ただ、やみくもに楽器を触るというよりは、スタジオのなかで「なにがいいか」ってふたりでうろうろしながら考える時間も長かったですね。
── ジムさんのプロデュースワークによる暖かみのあるサウンドもあって、石橋さんのメロディや歌といった曲の骨格の部分が鮮明になることで、石橋さんの楽曲の特徴であるプログレッシブな部分も際だっているように感じました。
プログレッシブというのはよく言われるのですが、自分ではそんなに複雑という気持ちはなくて、曲を作っていても拍子が解ってなかったりするんです。(山本)達久くんに言われてはじめて気がつくみたいな(笑)。曲を作るときはすごい曖昧なものから始まっているから、そこからだんだんいろんなものをそぎ落として彫刻を作るように曲を作っていくことで、そのなかでプログレッシブな展開があったりするのかもしれないけれど、そういうものをやろうと思ってやっているわけではないんです。
── 『carapace』はbikkeさんとの共作曲もありますが、作詞の部分ではどんなチャレンジがありましたか?
できあがってみると、『Drifting Devil』よりは生々しい歌詞が多かったなと思って。それは、ピアノと歌で曲を作っていたからだと思うんです。壁につけたピアノの前でため息をついているという過ごし方だったので、そういう歌詞が出てくるのも必然だった。なので全部亀の言ったことにしてしまおうと思ったんです(笑)。
── 『carapace』(=甲羅)というタイトルもそこから?
亀は子供の頃から大事な生き物だったのと、すごく今回のアルバムは籠もって作っていたから、そういう流れでつけました。でも、人はそれぞれ籠もっていても、実は甲羅の中にはいろんな景色があって、甲羅の外にすごく混沌としたものがあって……ということをよく考えていて。例えば地球と宇宙、というような、甲羅を隔てて逆にもなり得ることをイメージしていて。
── 小さい頃って、そこまで哲学的なことを考えて亀を飼っていたわけではないですよね?
でも子供の時の手の感覚ってよく覚えていて、亀の甲羅を触ったあのいびつな感じを。自分の曲もすごくいびつな感じがして、自分自身もいびつだと思いますし、そういう意味で大事な動物なんですね。
──現在って、ポップ・ミュージックでもなんでもつるっとしたきれいなものがもてはやされていますけれど、美しいものって本来いびつなものだと思いますし、そうした感覚は大切にすべきなんじゃないかと思います。
そこまでは考えていなかったかもしれないけれど、いびつなものだと、いろんな角度によって本当のことが見える、そうしたおもしろさはありますよね。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
■石橋英子 プロフィール
茂原市出身の音楽家。4歳の頃よりピアノを弾き始める。大学時代より、ドラマーとして活動を開始し、PANICSMILEなどいくつかのバンドで活動。数年前より友人に頼まれ映画音楽を制作したことをきっかけにソロとしての作品を作り始め、ピアノ演奏も再開する。その後、2枚のソロアルバムをリリース。ピアノをメインとしながらドラム、フルート、ヴィブラフォン等も演奏するマルチ・プレイヤー。シンガー・ソングライターであり、セッション・プレイヤー、プロデューサーと、石橋英子の肩書きでジャンルやフィールドを越え、漂いながら活動中。最近では七尾旅人、Phew、タテタカコ、長谷川健一の作品に参加。
http://www.eikoishibashi.net/
■リリース情報
『carapace』石橋英子
2011年1月6日リリース
FCT-1006/felicity cap-117
2,625円(税込)
felicity
■ライブ情報
『contrarede presents carapace release party』
2011年1月8日(土)
六本木SuperDeluxe
開場18:30/開演19:30
前売2,800円/当日3,300円(ドリンク代別途700円)
出演:石橋英子/七尾旅人
詳しくはhttp://www.contrarede.comまで
石橋英子『carapace』/オオルタイチ『Cosmic Coco,Singing for a Billion Imu's Hearty
Pi』double release party
2011年3月5日(土)
名古屋アポロシアター
開場18:00/開演19:00
前売2,500円/当日3,000円(ドリンク別)
出演:石橋英子 with ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久/オオルタイチ
詳しくはwww.jailhouse.jpまで
P-hour presents "with piano III" Eiko Ishibashi 『carapace』 release party
2011年3月6日(日)
元・立誠小学校(京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2)
開場17:30/開演18:00
予約・前売3,000円/当日3,500円(中学生以下 無料)
出演:石橋英子 with ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久/山本精一
詳しくはhttp://www.p-hour.comまで