骰子の眼

cinema

2009-06-16 13:17


フィルムの時代からデジタルへ完全移行か!? カンヌ・パルムドール作品ハネケの『ホワイト・リボン』はプリントがない

デジタルで撮影されデジタルで上映されたカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作品
フィルムの時代からデジタルへ完全移行か!? カンヌ・パルムドール作品ハネケの『ホワイト・リボン』はプリントがない

先ほどのカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したミヒャエル・ハネケの『ホワイト・リボン』のマーケット試写が先ほど五反田のイマジカの試写室で行われました。
カンヌでパルムドールを受賞したけれどもまだ日本には権利が売れていないのでフランスのセールス・エージェントが東京にやってきてのセールスです。
会場にはアート系映画の東京の配給会社と劇場が勢揃いという満員での上映でした。

さて、映画はハネケ本人は満足していない部分もあると受賞後コメントしていましたが、映画としての完璧なフォルムを持った2時間強のモノクロの実験作品です。
この場合の実験というのは実験映画の実験とは違い何かの反応を確かめる化学実験の実験です。ハネケは『ファニーゲーム』を始めとして人間の心理や関係を映画というメディアを使って実験するために作っていると思われる映画監督だからです。

舞台は第一次大戦前のドイツの小さな村。その村は壁で囲まれているような地理的、物理的に閉ざされてはいないが、村人だけが知っている秘密を抱えているという雰囲気の漂うコミュニティとして閉ざされた村です。

村ではある子供が傷つきます。その犯人はわからない。犯人は、村人の大人の誰かなのか、村の外からやって来た変質者なのか。村には二つの世界が存在するようです。大人の世界と子供の世界。その二つの世界の関係は。大人の世界も一見どこにでもある日常のようですが、その人間関係や子供に対する厳格な躾は微妙にねじれています。
ハネケの映画独特の真綿で首を締め付けるようなテンションが観客を襲ってきます。

さて、ハネケはこの映画によってどのような化学反応を実験しようとしたのでしょうか。
ヨーロッパでは、この映画をナチに繫がるファシズムの萌芽と関連づけて評するレビューもあるそうですが日本に生まれた僕としてはカルト集団内での人間と社会の関係を想起しました。

と、映画の内容はさておき、僕が驚いたのは、この映画の上映フォーマットです。イマジカの第2試写室ではHDcamSRというテープで上映していました。上映後エージェントの方に聞くと今手元にあるのは35ミリプリントはなくて、あとはDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)だといいます。カンヌではDCPで上映されたようです。

DCPというのはDCIというデジタルシネマの方式でjpeg2000のファイルにされたデジタルデータです。このDCIに準拠したDCPにフォーマット化された映像であれば、世界中のどの映画館で上映してもプロジェクターの調整がきちんとしていれば同じように観ることができるというシステムです。データは現状ではハードディスクで持ち運びをします。
現在、シネコンで上映されている3D作品は左右の目で見る画像を映写する技術的なところからプリントではなくDCPフォーマットで上映されています。3Dでなくてもプリントを現像するコストがかからないDCPは一気にシネコンでは普及しています。

ハネケの『The White Ribbon』は、各国の配給会社の要望があるので今後35ミリプリントを作る予定だそうです。

映画製作におけるデジタル化は予算という呪縛から逃れ、才能の規制緩和を促すという主張でアップリンクでは10年前からデジタル・ムービー・ワークショップを開催し、デジタルビデオで製作されたものを主に配給してきました。なので、カンヌのパルムドール作品がフィルムはなくて、デジタル撮影されデジタル上映されたと知り感慨深いものがありました。

2000年にはラース・フォントリアの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』がパルムドールを受賞しました。この作品はソニーのDVcamカメラで撮影された作品でした。当時はそのデジタル作品を35ミリプリントにフィルムレコーディングしてのプリントでの上映でした。
しかし、2009年ミヒャエル・ハネケの『The White Ribbon』はプリントがなくデジタルそのままのDCPでの上映という時代になったわけです。

さて、製作及び配給サイドには歓迎すべきデジタル化ですが、シネコンのような資金力のあるところならまだしも、ミニシアターに1000万円ほどの新しいデジタル・プロジェクターとサーバーの投資はほぼ不可能です。
ハリウッド作品だけでなく、アート系映画にもデジタル化が進むとそのあたりが問題になってきます。

ハネケはコストの面だけで今回デジタルを選択したのでしょうか。
ケミカルの粒状がないピタっとした漆黒の絵と完璧な構図と光のトーンで構成された画面を見ると、コントロール・フリークであるハネケの「実験」には化学変化の不確定要素があるフィルムよりクリエイターがコントロールがよりできるデジタルをあえて選択したのではと思わざるを得ません。

そこで、もう一つの問題。

シネフィルの観客はフィルムで撮影された作品をビデオで上映するのは邪道だとアップリンクXでのビデオ上映を無視してきました。
でもハネケの受賞作はもともとがデジタル上映を想定されて製作された作品です。それを監督の意図できない粒状性が現れるフィルムに変換して上映する事はシネフィル的にはどうなのでしょうか。
オリジナルを尊重するならばDCPデータで、DLPなりのデジタルシネマのプロジェクターで観るのがベストということが起きているのが現在です。

とにかく、デジタルシネフィルの僕としては面白い時代になったと思っています。

ちなみに『The White Ribbon』の売り側のアスキングプライスは15万ドル(1500万円)。さて、日本公開なるか...
                                 
(浅井隆)


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