鳥葬には、チベット人の思想が最もよく表れている。
チベットでは人が死んだとき、その肉体を大地に還し、鳥や虫たちに食べつくしてもらう。
人間は生き物の命を殺め、それを食べて生きていくしかないのだが、われわれの最期はただ灰になるだけ。一方で、彼らは自らの肉体を自然に還すことを当たり前のように受け入れてきた。
そして、リインカーネーションを信じ、無駄な殺生をしない。それが彼らの思想。
そんなチベットを、私は人間の「理想郷」だと思っていた。
その中心地、ラサにはもう「中国」が入り込み過ぎている。
チベット固有の文化も食べ物も言葉も宗教も自然も、何もかもが失われつつある・・・。
守るべき大事なものがここにはある、そう信じていた地が失われていく中、
私は世界全体が壊れていくのを感じている。
『風の馬』を観て、これはチベットの真実だと信じることができた。
私がこうして映画を観ている、いまこの時も、チベットでは罪のない人々が監視され、拷問を受け、心の拠り所たるダライ・ラマ14世を仰ぐことさえ許されないでいる。
そう思うと、涙が止まらなかった。
1998年に現地で撮影されたこの作品には、実際に弾圧を受けてきた人々が多く出演者・制作者として関わっている。彼らはこの作品にどんな思いを託しているのだろう。
チベットの状況は何も変わっていない。この作品を観て、少しでも多くの人にチベットの現実を垣間見てほしいと思う。