青蔵鉄道の食堂車から撮影するモーリー・ロバートソン氏
2007年2月、モーリー・ロバートソン氏ら「チベトロニカ」チームは、チベットのラサ等を訪れ直接触れて実感したことを映像・音声等でレポートする企画に挑戦した。当時撮影した未発表の映像をwebDICE限定で配信する。
成田から3度飛行機を乗り継いで青海省の西寧に到着した一行は、西寧から車で3時間ほどの場所にあるチベット文化圏「同仁」を訪問。チベット人巡礼者が集まる寺院や庶民が集う露天市場で、その空気を吸収する(『チベット・リアルタイムvo.1』)。
その後、漢族の顧客向けに運営される「チベット・レストラン」で異様な光景を目にし、翌日、山奥にあるダライ・ラマ14世の生家に足を踏み入れる。同じ夜、ラサを目指して開通したばかりの青蔵鉄道に乗り込んだ。(『チベット・リアルタイムvo.2』)。
そして今回は、運行中の青蔵鉄道車内で、携帯電話をマイクロフォンがわりにして日本への生放送を試みる!
青蔵鉄道の寝台でうたた寝をすると、明け方になっていた。霊山の山並みから顔を出した控えめな日の出は、1時間ほどすると、ぎらつく高山の日差しに変わった。最新装備の車両内で退屈することはまずない。足下に電源もあり、デジカメやハンディカムなどの充電器をつないで、交代制で充電しながら撮影を続けた。2月なので車内はほどほどに寒い。しかし外はそんなものではない。極寒の永久凍土に雪が積もっている。食堂車に行くと列車の両側の光景をパノラマのように確認できた。食堂車のメニューも、中国の国内鉄道の水準から言うと最高級だ。日本人の味覚には油っこく、塩辛く感じる。無造作に出された中国茶がことさらにおいしく感じられた。
4,500億円で建設された青蔵鉄道は気圧密閉が謳われているが、トイレの窓が半開きになっていたらしい。たくましい中国人の乗客達はびくともしない。さすがに世界最高の標高に位置する唐古拉(タングラ)駅を通過する前後ではチューブからの酸素吸入が必要となる。気圧低下に伴い頭痛も起こるので、日本の整体師からもらった唐辛子入りのテープを眉間や首筋に貼って、体内の気道を開ける努力も試みた。途中でいさぎよくバッファリンも飲んだ。
写真:酸素吸入チューブを付け、唐辛子入りのテープを貼り高山病対策
唐古拉を通過したあたりで携帯電話をマイクロフォンがわりにして日本への生放送実験を開始。「Skype Out」というサービスを使うと、東京・目黒にあるエンジニアのスタジオから車内の携帯電話に着信し、通話した音声を日本側で放送用のサーバーへと転送。その状態だと日本側で大人数が同時にラジオ式の放送を聴くことが可能になる。永久凍土の中に携帯電話の鉄塔はまばらにしか建っていない。そのため、電話の通話はひんぱんにとぎれる。しかし東京のエンジニアは執念に訴えて何度となくかけてきた。もしもここで中国当局が妨害をしようと思えば、プロジェクトはあっけなく終わってしまう可能性もあった。しかしこの日、当局は他の雑用で手がいっぱいだったのだろう。こともなく生放送が2時間ほど続き、実験は成功した。その場をデジカメ、ハンディカム、ICレコーダー、一眼レフなどで何重にも記録していった。
写真:那曲(ナチュ)駅で乗客に手を振るチベット族
現地時間で夜の10時過ぎ、とうとう拉薩(ラサ)駅に到着。あまりにあっけない旅だった。英語と中国語で空港ばりのアナウンスが駅構内に流れ、袈裟をまとったチベット僧や肥料の入った袋を運ぶ農民がホームへと降り立つ。「チベット問題」なるものに対して敏感になっていたチベトロニカ・チームは入境に際して「職質」つまり職務質問を受ける心の準備を整えていた。だが、それもなかった。歓迎一色だった。どうなっているんだ?
車で橋を渡って入る夜の拉薩市は、中国のどこにでもある中小都市に見えた。あちこちに点在するホテルのネオンサイン、蛍光灯で照らされた素朴な食堂。道が舗装されていることに驚くつもりで来たのだが、夜の拉薩で見たのは「便利店」との看板を掲げたコンビニだった。とは言え、やはり拉薩である。荷物を持って何歩か歩いただけで心臓が高鳴り、地上の3分の2という酸素の薄さを体で感じる。高山病を回避するために一泊目は飲酒はもちろん、入浴も避けた。そして東京で買ったコーヒーのパックを開け、ホテルの部屋でお湯を注いだ。コーヒーへのこだわりもあるが、五感のすべてが少しずつかき乱されているので、よく知っている味覚や食感を使って、自分の体内を落ち着かせる意味合いもある。
ホテルの部屋にはLANの接続口があった。LANがあっても西寧のホテルでは従業員がその意味を理解できていなかったので、インターネットに実際につながるかどうかを試すまでは油断できない。だが、あっけなくネットにもつながった。東京・目黒にいるエンジニアのタラキュウさんとスカイプを使ってビデオ通話が実現した。こちら側では驚くべきことだったが、目黒側のタラキュウさんにその緊張感は伝わっていないようだった。拉薩と東京を結ぶビデオ通話をするうちに、自分がいる中国辺境・拉薩のホテルの一室が、大阪か名古屋ぐらいの距離にあるかのような妙な気分におそわれた。
UVカットガラスのため濃い緑色をしている青蔵鉄道
(文:モーリー・ロバートソン)
【関連リンク】
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.1』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.2』
i-morley
チベトロニカ
モーリー・ロバートソン×池田有希子トークイベント開催
2009年5月23日(土) 開場18:30/開演19:00
出演:モーリー・ロバートソン氏(ラジオDJ・ポッドキャスト「i-morley」主催者)、池田有希子氏(女優)
会場:アップリンク・ファクトリー
(東京都渋谷区宇多川町37-18トツネビル1F) [地図を表示]
イベント料金:一律 1,800円(チベット風フィンガーフード、ドリンク付き)
webDICEで連載している『チベット・リアルタイム』の映像を上映しながら、モーリー・ロバートソン氏と、「チベトロニカ」に同行した池田有希子氏のトークショー開催。まさに二人がメインパーソナリティをつとめるポッドキャスト番組「i-morley」のライブ版!当日はチベット風味のフィンガースナックとドリンク(バター茶を予定)も振舞われる。
※混雑が予想されますので必ずご予約ください。
★詳細・予約方法はコチラから
『風の馬』
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監督・脚本・編集:ポール・ワーグナー
出演:ダドゥン、ジャンパ・ケルサン、他
1998年/アメリカ/97分
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公開記念トークイベント開催
・5月2日(土) 石濱裕美子(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)
・5月3日(日) 下田昌克(絵描き)×謝孝浩(作家)
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『雪の下の炎』
渋谷アップリンクにて公開中
監督:楽真琴
出演:パルデン・ギャツォ、ダライ・ラマ法王14世、他
2008年/アメリカ・日本/75分
配給・宣伝:アップリンク
公式サイト
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