写真:ダライ・ラマ生家のある村にいた子供
2007年、モーリー・ロバートソン氏はチベットのラサ等を訪れ、直接触れて実感したことを日記、写真、映像、音声等でレポートする企画「チベトロニカ」の総指揮を務めた。そこで撮った映像はYouTubeを使い、当時ほぼリアルタイムで配信され話題になった。しかし、まだ手元には未発表の30時間分のテープが残っている。今回、映画『風の馬』の連載企画として、その貴重な映像を順に紹介し、更にロバートソン氏の最新コラムをお届けする。
「チベトロニカ」チームは、 青海省・西寧に三日間滞在して高山順応を行った。青海省からの帰り道には小高い丘の上に寄付金で建てられたストゥーパや仏像がある。ちょっとした丘を登るのも高山だと大変だ。しかし地元の子供たちは平然と早歩きをしたり荷物を持って、村までの坂道を上り下りしている。放牧された小型の山羊が、風にはためくタルチョの間をくぐり抜けるようなのどかな風景があった。
写真:西寧郊外のストゥーパ
夜になって案内された「チベット・レストラン」は主に漢族の顧客に向けて運営されているものだった。中国のエンターテインメントは一般に大味なものが多い。しかしその基準から見てもちょっと大ざっぱ過ぎはしないかと疑われるような演出で「チベタン・ショー」が繰り広げられる。アルバイトのダンサーの動きはやっつけだし、なんとなく伝統を軽んじたような振り付けをしているという気がする。歌手にチップ代わりのカタをかける漢族の客がステージに上がって携帯電話で撮影する姿にも違和感を禁じ得ない。でも自分たちはあくまで部外者なのだから、価値判断をまじえずにその店の雰囲気をとにかく吸収してみることにした。
翌日、山奥にあるダライ・ラマ14世の生家を訪れた。非公開とされているが、ガイドの交渉と金次第で入れることもある。少なくとも2007年には、入れた。生家は一時取り壊されて小学校になった後、再度復元されたという。ダライ・ラマのご真影(写真)のみならず、亡命したお兄さんの写真も掲載されていた。中国内で合法的にこれらの写真が並んでいる場所を、ほかに知らない。
同じ夜、開通したばかりの青蔵鉄道に乗った。始発駅となる西寧駅は、真新しい。鉄道駅の横に、ラサまで走る二階建てのバスも停車していた。西寧の街自体が近年めざましい勢いで開発されている。駅付近にはムスリム化した漢族である回族も多い。低地では外国人に対してほとんど誰もがにこやかにオープンであり、中国政府の主張する「和諧社会」を体感できる。
写真:青蔵鉄道の車窓から見る景色
チベット・リアルタイム vol.2
情報自己責任
最近「i-morley」の制作オフィスでは、スタッフがアメリカ版「iTunes」から購入したドラマ「24」の最新エピソードを毎週観ている。ブッシュ時代に始まった「テロとの戦争」をモチーフに展開するノンストップのアクション・ドラマだが、アフリカ系のアメリカ大統領が脚本に設定されるなど、斬新さに定評がある。アメリカに生活したことがあると、この番組は何倍にもおもしろい。国家や法律、そして報道というものがいかにあてにならないかが終始描かれ、アメリカ型民主主義の裏側が浮かび上がってくるからだ。最終的には市民の一人一人が単独で、あるいは信頼できる仲間と協力することでしか自分の身を守れないというメッセージを放ち続けている。
ドラマ「24」でも示唆されていることだが、「すべての既成事実や常識をまず疑ってかかる」というジャーナリズムの視点は、世界中から出てくるリアルタイムな情報を解読する上でとても大切になる。端末に向かうこととはすなわち、探偵ごっこを意味するのだ。
昨今、世界中の紛争地域や人権問題のある地域から、メディア大手に乗らない情報が発信されるようになっている。チベットも含め、これまでは情報が封鎖された地域から新しい形で市民が現状を告発することが期待される。ところがそれらの情報の信憑性は玉石混交であり、受け手にはこれまでにない能動的なフィルターが要求される。何も鵜呑みにせず、かつ大手メディアのスローな対応を待たないためには、情報に向き合う時の感覚を磨かなくてはならない。
事例として引き続きモルドバの状況を追いたい。あれから一週間の間に、主にルーマニア語圏のブログが情報を大量にリレーし、その一部が英語へと翻訳されている。
英語圏のブログで目立った動きをまとめているサイト「Global Voices.com」には、さまざまな情報が上がっている。
Moldova: Overview of Blog Coverage of the Protests
http://globalvoicesonline.org/2009/04/09/moldova-a-review-of-blog-coverage/
「国内のモルドバ人たちは首都で抗議行動が行われているということを知らない。国営テレビはこのことを報道せず、インターネットも遮断されている」
といった声などが紹介されており、現場で取られた写真が集められたサイトへのリンクもある。
また、つぶやきメディアである「Twitter」のモルドバに関するスレッドには、モルドバ内の新聞記事へのリンクも頻繁に提供されている。
参照記事へのリンク
http://search.twitter.com/search?q=%23pman
ここで見つけたモルドバ内のドメイン「garda.com.md」にあるルーマニア語の新聞社「Ziarul de Garda」と思われるサイトに飛んだ。その際にページのロードがとても遅いので回線が弱いモルドバの手応えが暗示される。
まず、本当にちゃんとした新聞かどうかを調べた。「Wikipedia」には貧弱な英文エントリーとして、モルドバの新聞リストが掲載されている。
参照記事へのリンク
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_newspapers_in_Moldova
確かに「Ziarul de Garda」はルーマニア語新聞として、このリストに含まれている。しかもホームページにはロシア語で自動車のバナー広告が載っている。おそらくちゃんとした新聞ではないかという推理を進め、英文記事を読んだ。
「英文への翻訳は読者有志が行いました」という但し書きと共に、一部語法をまちがえた英語訳で以下の内容が掲載されている。
「デモに参加し逮捕された若者が収容されている施設を国連人権担当官が視察したところ、拷問された跡があり、食料も水もほとんど与えられず、満足な医療を受けられない環境で拘留されている」
≪I have seen doctors in the Penitentiary, but the prisoners say they do not receive all appropriate medical assistance≫
http://garda.com.md/stiri/%C2%ABi-have-seen-docto...
「拘留中のAnatol Mătăsaru氏が弁護士に話したところによると、拷問を受けて電子メールのパスワードを供述させられた。現在医療処置を施されずに放置されているエイズ患者と同じ房に入れられており、警察に協力しなければ凶悪犯と同じ房に移すと脅されている」
The police forced Mătăsaru to give his email accounts passwords by beating
http://garda.com.md/stiri/the-police-forced-matasaru-to-give-his-...
これが事実だとすると、もっと大きな扱いのニュースになってほしい。自分のサイトでも紹介したいという衝動に駆られるが、とにかく間接的にでも裏取りをしたいのでBBCとニューヨーク・タイムズのサイトで新聞の名前「Ziarul de Garda」を検索してみる。だが、手応えは得られない。モルドバという国自体がマイナーな扱いしか受けていないのだ。ところがこうやって右往左往している間に、NYTのトップページにモルドバの記事が新たに掲載されていた。
As East and West Pull on Moldova, Loyalties and Divisions Run Deep
http://www.nytimes.com/2009/04/15/world/europe/15moldova.html?hp
この記事によればモルドバは現在、欧州の最貧国であり、GDPの36.5パーセントは海外からの送金に依存している。モルドバ人は歴史的にロシアとヨーロッパの間で引き裂かれており、文化的な葛藤はずっと続いている。旧ソ連を懐かしんでルーマニアを罵倒する人、民主主義を求めてロシアから離れたいと主張するジャーナリスト。ロシア語を使うかルーマニア語を使うかでコミュニティーに亀裂が走っているらしい。モルドバがヨーロッパにとって「キューバ」のように最後の共産圏の砦となっているとする見方も紹介されている。
ニューヨークタイムズの記事は解説記事となっており、ジャーナリストが国外退去をさせられた結果、踏み込んだ取材ができなくなったことと裏腹ではないかと勘ぐっている。チベット騒乱の時と非常に似ている。
さらに「Twitter」からのルーマニア語リンクを「ダメ元」でたどっていくと、ロシアのFSBから派遣された工作員がデモに紛れ込んで暴動を誘発している、と指摘する映像も出てきた。工作員と思われる屈強な男たちがデモの中を歩き、携帯電話で連絡を取っている場面などがユーザーの描いた円(まる)でクローズアップされる映像だ。ロシアの陰謀が働いているという結論に飛びつきたい人には十分な証拠映像なのかもしれないが、新聞では扱えないだろう。
また同様に未確認だが「Twitter」の中でもFSBやモルドバの警察が作戦を展開しているという噂が流れている。「デモには身分証明書を持って行かない方がいい」とアドバイスしている書き込みがあったのだが、それは身分証明書を持たない人間を無条件に拘留できるというモルドバの国内法を逆手に取った罠だ、とする主張だ。いかにも共産圏で使われそうなテクニックではある。しかし信憑性は保証されていない。
こういった「はてな情報」がルーマニア語を中心におびただしく更新され続けている。
反対にモルドバ政府の発表は、ルーマニア政府の陰謀を主張している。
モルドバ:「暴動はルーマニアが関与」大統領が非難(毎日新聞 2009年4月9日)
http://mainichi.jp/select/world/news/20090409k0000e030041000c.html
ただし情報源は「インタファクスなど」だ。日本の新聞社は「インタファクスなど」ロシアの通信社に依存するか、欧米のメディアがより確かな情報源からニュースを配信するのを待つしかない。
今回モルドバで発生した抗議行動には組織的な団体の関与が見られない。ネットでの呼びかけに応じて若者がデモに飛び出し、その一部は警察に逮捕され、見えないところで拷問を受けているというお約束のパターンらしい。ただ、あまりにも多くの素人が情報を共有し、海外にいるモルドバ人を筆頭に有志が応援とアドバイスを現地に送っているというオープンな状況は新鮮だ。
近未来の中国がこうなるという保証はないが、素人っぽい情報収集が速度と露出量では新聞社に劣らない力を持つ、という奇妙なバランスが出現している。
それと…あ!そうだ。書くのを忘れそうになっていたが、モルドバの隣には分離独立した「沿ドニエストル共和国」という国家が出現している。さわりとして以下の産経新聞記事に「沿ドニエストル」が登場する。
矛盾抱える旧ソ連地域 欧米接近のうねりなお(産経新聞 2009.4.8)
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090408/erp0904082330015-n1.htm
ロシアの後ろ盾を受けているとされる国家のフラグメントだが、ここは「ヨーロッパのブラック・ホール」とも呼ばれている。ロシアの関与まで理解して初めてモルドバの複雑な事情がくっきりするので、次回は「沿ドニエストル」の解説を行いたい。
(文:モーリー・ロバートソン)
【関連リンク】
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.1』【動画付き】
i-morley
チベトロニカ
モーリー・ロバートソン氏出演
イベント情報
2009年5月23日(土)
開場18:30、開演19:00
出演:モーリー・ロバートソン氏(ラジオDJ・ポッドキャスト「i-morley」主催者)、池田有希子氏(女優)
会場:アップリンク・ファクトリー
渋谷区宇多川町37-18トツネビル1F [地図を表示]
イベント料金:一律 1,800円(チベット風フィンガーフード、ドリンク付き)
webDICEの連載『チベットを知る』で貴重な映像アーカイブを配信中の『チベット・リアルタイム』。その映像を上映しながら、モーリー・ロバートソン氏と、「チベトロニカ」に同行した池田有希子氏のトークショーがアップリンク・ファクトリーで行われる。まさに二人がメインパーソナリティをつとめるポッドキャスト番組「i-morley」のライブ版!当日はチベット風味のフィンガースナックとドリンク(バター茶を予定)も振舞われる。トークを聞きながらチベットの「食」も体験しよう。
※混雑が予想されますので、下記方法にて必ずご予約ください。
【イベント予約方法】
当イベントへの参加をご希望の方は、お電話またはメールにてお申し込みください。メールの場合、下記の予約要項を明記の上、指定のアドレスまでお送りください。 予約者数が定員に達し次第、受付を締め切りますので予めご了承下さい。
予約要項
(1)お名前 (2)予約希望人数 (3)お電話番号
予約先
電話番号:03-6825-5502
メールアドレス:factory@uplink.co.jp
★件名を「5/23チベトロニカ イベント」としてお送り下さい。
『風の馬』
渋谷アップリンクにて公開中
監督・脚本・編集:ポール・ワーグナー
出演:ダドゥン、ジャンパ・ケルサン、他
1998年/アメリカ/97分
配給・宣伝:アップリンク
公式サイト
公開記念トークイベント開催!
・4月18日(土) ツェリン・ドルジェ(在日チベット人・SFT日本代表)×渡辺一枝(作家)
・4月19日(日) 野田雅也(フォトジャーナリスト)
・5月2日(土) 石濱裕美子(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)
※イベント詳細・予約についてはコチラから
『雪の下の炎』
渋谷アップリンクにて公開中
監督:楽真琴
出演:パルデン・ギャツォ、ダラ・イラマ法王14世、他
2008年/アメリカ・日本/75分
配給・宣伝:アップリンク
公式サイト
★公開記念トークイベント開催!詳しくはコチラから