骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-04-29 22:00


『風の馬』チベット連載第9回:モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.4』【動画付き】

07年の旧正月、チベットの首都ラサを訪れたモーリー・ロバートソン氏のレポートと、その様子が収められた動画をwebDICE限定でお届け。
『風の馬』チベット連載第9回:モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.4』【動画付き】
拉薩(ラサ)で五体投地する子供たち

2007年2月、モーリー・ロバートソン氏らは、チベットのラサ等を訪れ直接触れて実感したことを映像・音声等でレポートする企画「チベトロニカ」に挑戦した。当時撮影した未発表の映像をwebDICE限定で配信する。
成田から3度飛行機を乗り継いで青海省の西寧に到着した一行は、チベット文化圏「同仁」を訪問。チベット人巡礼者が集まる寺院や庶民が集う露天市場で、その空気を吸収する(『チベット・リアルタイムvo.1』)。その後、漢族向けに運営される「チベット・レストラン」で異様な光景を目にし、翌日、山奥にあるダライ・ラマ14世の生家に足を踏み入れる(『チベット・リアルタイムvo.2』)。一行はラサを目指して青蔵鉄道に乗り込み、運行中の車内で携帯電話をマイクロフォンがわりにし、日本への生放送を試みた(『チベット・リアルタイムvo.3』)。
そして、いよいよラサに到着。チベットの旧正月(ロサール)で賑わうバルコルや、かつてダライ・ラマ14世も住んでいたポタラ宮を訪れる。



拉薩(ラサ)に着いてすぐの感動をネットで深夜まで生中継し、あまり睡眠も取らないまま早めに起床、朝食の後すぐに、旧市街の中心部にある大昭寺(ジョカン寺)へと向かった。旧正月(ロサール)前のこの日、紫外線の強い快晴の空の下、民族衣装からハードロック風のTシャツまで、色とりどりの服装をまとった巡礼者たちが集まり、一心に五体投地を行っていた。

水分が少ない空気中には埃や砂塵が絶えず待っている。きびしい環境をものともせず、巡礼者は全身を使ってくりかえし地面にひれ伏す。そのたびに、衣服がかすれる音が方々から聞こえる。衣服の汚れ方もまた、激しい。顔からダウンジャケットまで真っ黒になった巡礼者の一家もいた。水不足とは言え、とにかく洗った形跡がない。五体投地で地方から道路沿いに拉薩までやってくる者もいるという。一生に10万回単位でこの修行を行うという話だ。

幼い子供も親兄弟の見よう見まねで祈る。額を地面にこすり続けるうちに皮膚が堅い疣(いぼ)になって盛り上がった男もいた。この信仰に対する決意はもはや近代社会の意識で語れる領域にはない。迷信に縛られているのではなく、むしろ近代文明を超えた技能がそこにある。チベット密教を一人一人のチベット人が身をもって支え、存続させているのだ。この理不尽なまでのパワーを中国政府は恐れている。

ジョカン寺前のバルコルと呼ばれる広場には正月の爆竹の音が時々鳴り響き、観光客用の風船やマニ車の形をした携帯ストラップなどの土産物、それにナイキ(NIKE)のコピー商品であるネイク(NAKI)のスポーツバッグも売られていた。店の看板は中国語とチベット語の二重表記となっている。ただし、寺を離れて新市街を歩くと圧倒的に漢語表記が目立つ。チベット語の淘汰はまちがいなく進んでいる。

チベトロニカ01
ラサのバルコルを歩く巡礼者
チベトロニカ03

バルコルには訪問客を当てにしたストリート・チルドレンがたくさんいる。少女の二人組になつかれ、デジカメで写真を撮って見せてあげた。はしゃぎ、じゃれ合いながら、二人は寺の周りを一回り、ついて歩いてきた。この娘たちを学校に行かせたり、まっとうな育ての親に巡り会わせる方法はないものか?などと瞬時に考えようとする。が、喧噪と混乱、埃と紫外線、大人の物乞い、押し合いへし合い、そして酸欠の中ではその感受性も大波にさらわれてしまう。

写真:物乞いの親子

バルコルを一週した後、チベット人しか入らないという茶屋を訪れた。バター茶を飲む場所だ。見たところチベット人の客しかいない。店の外の路面で男達がせっせと白昼のサイコロ賭博にいそしんでいた。日本の闇市の時代にさかのぼったようなのどかさと自然さで、かけ声と共にサイコロが振られる。茶屋の中をストリート・ミュージシャンの少女や赤子を背負った男性の物乞いが徘徊し、外国人の我々の前に立っていろいろな芸を行う。お手製の弦楽器を抱えて歌う少女をとっさに撮影できたのはデジカメのみだった。しかし歌声はICレコーダーでキャプチャーに成功。この夜、すぐに少女の写真と歌声のmp3ファイルを日本に向けてネットに公開した。


英語が比較的流ちょうに話せるチベット人に声をかけられ、あくまで英語を通じてチベットの実情について言葉を交わした。深刻な内容へと徐々に話題を持って行くとき、インタビューの心得として怪訝な表情をなるべく作らないようにつとめ、相手が言いたい範囲でしか話を引き出さないようにする。こういった取材の方法だと、おそらく新聞・テレビの報道番組で扱ってもらえるような決定的な証言は得られない。しかし最終的には収録できる音や映像よりも、トータルに感じとることの方が大事だ。茶屋の席に座って味わった、ちょっとした緊張感とチベット社会ののどかさが同居した絶妙なバランスは、その後忘れられない。

チベトロニカ02
ロサールで賑わうジョカン寺前、右手にはポタラ宮が見える

観光名所として運営されているポタラ宮にも入った。酸欠状態できつい階段を登るが、最上階への距離は果てしない。白人女性の観光客が正門に至る前の階段ですでに座り込んでいた。こういう時に勢い勇むと、途端に高山病にかかってしまうので注意が必要だ。ポタラ宮の内部は地方官僚の事務所のようになっていて、どちらかというと仏教文化を紹介する博物館。生きたチベット密教の気配は、とくに感じない。観光収入を当て込んださまざまな仕掛け、随所の撮影禁止と天井の角に設置された監視カメラ。要するに普通の中国の観光地である。

そしてポタラから下を見下ろすと、拉薩の旧市街とはおよそかけ離れた近代的な広場があった。言わば天安門広場のミニチュアだ。1年後、ここに騒乱が発生することになる。だが、この日の群青の空はどこまでも広く、2月の寒空の下、退屈にも似た静けさばかりが拉薩を覆っていた。

(文:モーリー・ロバートソン)

【関連リンク】
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.1』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.2』
モーリー・ロバートソンの『チベット・リアルタイム vol.3』
i-morley
チベトロニカ


“生”i-morley「チベトロニカ」特別編
モーリー・ロバートソン×池田有希子トークイベント
2009年5月23日(土) 開場18:30/開演19:00

出演:モーリー・ロバートソン氏(ラジオDJ・ポッドキャスト「i-morley」主催者)、池田有希子氏(女優)
会場:アップリンク・ファクトリー
(東京都渋谷区宇多川町37-18トツネビル1F) [地図を表示]
イベント料金:一律 1,800円(チベット風フィンガーフード、ドリンク付き)

“生” i-morley「チベトロニカ」特別編

webDICEで連載している『チベット・リアルタイム』の映像を上映しながら、モーリー・ロバートソン氏と、「チベトロニカ」に同行した池田有希子氏のトークショー開催。まさに二人がメインパーソナリティをつとめるポッドキャスト番組「i-morley」のライブ版!当日はチベット風味のフィンガースナックとドリンク(バター茶を予定)も振舞われる。
※混雑が予想されますので必ずご予約ください。
★詳細・予約方法はコチラから



『風の馬』
渋谷アップリンクにて公開中

公開記念トークイベント開催

・5月2日(土) 石濱裕美子(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)
・5月3日(日) 下田昌克(絵描き)×謝孝浩(作家)
・5月10日(日) 西蔵ツワン(武蔵台病院 院長)×有本香氏(作家・会社経営)
※イベント詳細・予約についてはコチラから
公式サイト



『雪の下の炎』
渋谷アップリンクにて公開中

公開記念トークイベント開催

・4/30(木)  川辺ゆか×Reelha(チベット音楽演奏会開催)
・5/1(金)  キム・スンヨン(「チベットチベット」監督×田崎國彦氏(東洋大学 客員研究員)
・5/10(日)  テンジン・ドルジェ(SFT本部事務次長)
※イベント詳細・予約についてはコチラから
公式サイト


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