2009-04-08

アウシュヴィッツはもう無いよ このエントリーを含むはてなブックマーク 

 けっこう前になるが、ツタヤのカードを作るとき、正直に「年収100万」と書いたら審査をはねられてしまった。だから私のツタヤカードはクレジット機能がついていない、ふつうのカードだ。それだと一年ごとに年会費がかかるから鬱だ、募金にまわせたらどれだけイイだろう・・だから今度カード作り直すときは年収500万とか書くことにする(そうすりゃ審査通るだろう、勤務先の電話番号は友達の家電でも書いとく)。人生、酸いも甘いもマリーシア次第。
 そういや今のアパート借りる時、不動産屋で年収欄のとこ「120万」って書いたら、「ちょっとここ変えたほうがいいかも」と言われ、250万って書いたなぁ・・そのおかげで借りられたようなもんかもしれない。不動産屋の機転に感謝☆ 長島☆自演乙☆不動産屋☆乙

 さて・・
 私はある時期まで、アウシュヴィッツってドイツにあるものだと思っていた。ナチス・ドイツとの結びつきから、なんの考えもなしにそう思っていた。ナチスがユダヤ人かき集めていっぱい殺した収容所(何人殺したのかは諸説あるみたいだが)、アウシュヴィッツ・・ドイツにあるんでしょ?
 ヤー、違うそうだ。それを知ったのは25を過ぎてからだ。アウシュヴィッツはドイツじゃない、ポーランドに位置するのだった。しかもそれはアウシュヴィッツであってアウシュヴィッツではない(禅問答でもない)。
 つまり、アウシュヴィッツというのはドイツがポーランドを占領していた時に名づけた当地の地名で、それ以前は“Oświęcim”―オシフィエンチムとかオシフェンツム―カタカナで外国語書くのは難しい―と呼ばれていた。ポーランド領に復帰した今は、当然その地名で呼ばれている。
『アウシュヴィッツはドイツの言葉。ポーランド語でオシフェンツムと呼んで下さい』・・これは今から何十年も前、現地を訪れた日本人の画家に地元の青年が言ったものだ。今はもう亡き丸木位里、俊夫妻の『画集 原爆の図』の107ページに書いてあるエピソード。
 丸木夫妻の大作『原爆の図』を置いている埼玉県東松山の『丸木美術館』は全人類が足を運ぶべき場所。原爆落とした国の人も、落とされた国の人もどうぞ一緒に手をつないで。原爆もホロコーストも人類共通の経験。・・なんならペットのイヌネコを連れて行くのもいい、人間には感じられない大事な何かを、ワンちゃんニャンちゃんは感じとれるかもしれない(飼い主はあとでそれを教えてもらおう。大事に飼っているなら、ワンちゃんニャンちゃんと会話ができるはずだから)。

 ちなみに「オシフェンチム」の発音は「オ」にアクセントがある・・たぶん。数年前にバルセロナのオリンピックスタジアム・飲食コーナーの脇で会った女性がそう発音していた。彼女はポーランド人で、ドイツ人の恋人と一緒にそこを訪れていた。

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菊田純一郎

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