選挙公報にLGBTの文字が載り、
NHKの朝のニュースでトランスジェンダー用の下着が取り上げられる今日この頃、
紙のDICE(『骰子』)がLGBTの文化や活動を積極的に取り上げていた数十年前とは正に隔世の感があるが、
この映画は別にトランスジェンダーだからどうのこうのって作品ではなかった。
普通の思春期の悩みかな。
アイデンティティ不安というか。
親にも親族にもたくさん愛されて、
念願のバレエ学校にも入ることができて、
あと数年待てば性転換手術も受けられるっていうのに、
中途半端な自分の状態が許せなくって、
一人で空回りして、先を急いでしまう少女ララ。
それはなにもトランスジェンダーだからこそ追い込まれた状況ではなくて、
思春期なら誰もが経験するような、自分に対する不安や思い込みによるもの。
ほんとうは誰もが自分にしかわからないものを見ている。
自分の中に、自分にしかわからないものを抱えているのでは?
よって謳われているほど衝撃的な作品だとは感じなかった。
――イノセントな彼女がたどり着く、映画史上最も鮮烈で
エモーショナルなクライマックスに心震える感動作――
って、こりゃ完全にコピーにだまされたって感じ。