骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-11-21 21:30


あるゲイカップルの日常を生々しく描く映画『INDIA BLUES』アップリンク渋谷で一夜限りの上映

個人的で、だからこそ響く強さ―Normal Screen秋田祥さんによる解説
あるゲイカップルの日常を生々しく描く映画『INDIA BLUES』アップリンク渋谷で一夜限りの上映
映画『INDIA BLUES』より

ベルリン在住のギリシャ人映画監督ジョージ・マルカキス(George Markakis)による映画『INDIA BLUES』が11月28日(月)アップリンク渋谷にて本邦初上映される。

『INDIA BLUES』は8つのエピソードで構成され、あるゲイカップルの日常が8つの感情で切り取られる。少ない登場人物の設定を通して「2人しか知らない時間」を描いており、極端なドラマや、ストレート社会とゲイである自分の関係といったテーマにフォーカスする従来のLGBT映画とは異なる手法が特徴的だ。アップリンク渋谷での上映会では、本編終了後、来日中のマルカキス監督を迎えてのQ&Aも行われ、一夜限りの貴重な上映となる。

webDICEでは、このイベントの協力・企画監修を担当する上映団体Normal Screenの主宰・秋田祥さんに、この作品について、そしてLGBTをテーマにした映画をめぐる傾向について解説してもらった。

この2人だけが知る生々しい姿を観客は目撃する
―秋田祥(Normal Screen主宰)

燃えるような過去の恋愛をふりかえり、そこで経験した激しい感情の浮き沈みに我ながら驚いたり苦笑することがある。ジョージ・マルカキス監督の『INDIA BLUES』ではそんな恋愛中の8つの感情それぞれを描写している。2人だけの日常における特別な時間を整理せず、思い浮かぶままに記憶を留めるように構成されている点もユニークだ。それは、それぞれの感情を強調させ効果的でもある。ほぼ全編を通し固定カメラで撮影され、登場人物は主にベルリンで出会う2人の男性だけである。この2人だけが知る喜びや怒り、疲れなど生々しい姿を観客は目撃する。

『INDIA BLUES』
映画『INDIA BLUES』より

本作品がドイツで制作された2013年ごろ、欧米では他にもゲイを主人公にした似たような傾向をもった作品が登場していた。ここでは、その傾向を注目すべき点として紹介したい。例えば、日本でも2012年に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(2016年より名称変更しレインボー・リール東京)などで上映されたイギリスのアンドリュー・ヘイ監督の長編デビュー作『ウィークエンド』や『人生は小説よりも奇なり』のアイラ・サックス監督による『Keep the Lights On』、サンフランシスコを舞台にしたトラビス・マシューズ監督の『I Want Your Love』も思春期を過ぎた大人のゲイ男性の恋愛を現実的なトーンで描いている。『ウィークエンド』ではゲイバーで出会った2人のある週末が、『Keep the Lights On』ではニューヨークで恋に落ちたドキュメンタリー作家が恋人と決別するまでの8年間が描かれ、『I Want Your Love』では経済的な理由で実家へ帰ることを余儀なくされたダンサーの葛藤が彼の友人たちの生活を交えながら展開する。2011年~2012年に発表されたこれらの作品には、いじめやカミングアウトといったレズビアンやゲイのキャラクターによく見られるストーリーはなく、終盤でも誰も死なない(ジェンダーやセクシュアリティを理由に殺されるLGBTQの人々は今でも世界にいるのも事実だが)。そこには思春期を経て、毎日を生きる人々が描かれている。もちろんゲイだって仕事で苦労もあれば、大人の恋愛もするし歳もとる。だからこそ嫌になることや考えることもある。これらの映画が“リアル”というと、語弊があるかもしれないが、“正直”というとしっくりくるかもしれない。

『INDIA BLUES』
映画『INDIA BLUES』より

また特別なドラマは起こらないものの、これらの作品は非常に繊細でありつつ性的表現をごまかなさい点も特徴的だ。隠喩的な表現は控えめに、まっ直ぐ伝えてくるのだ。隠喩を通し表現することしか許されなかった時代があり、そこで積み重ねられた文化も豊かだが、直接的な表現だからこそ伝わるものもある。マイノリティの多くが経験している幼少期からの抑圧やトラウマが垣間見えたり日常に散りばめられた差別的な発言を受け、自分らしく生きるために苦悩する様子もうかがえ、自分と同じようなキャラクターすらテレビや映画で見ることの少ない観客にとって、その表象は新鮮に響く。同じようにセックスシーンも大胆にそして丁寧に描かれている。否定されることの多い同性間の親密な時間を肯定するように描かれ、セクシーで美しい。そしてあるときは優しく、あるときは痛々しい。アップリンクでの『INDIA BLUES』特別上映でも、その点が尊重されオリジナルの状態で上映が行われる。

『INDIA BLUES』
映画『INDIA BLUES』より

『INDIA BLUES』のマルカキス監督はギリシャ出身で、ニューヨークやバルセロナでも映像制作に携わり、現在はベルリンを拠点にしている。映画に登場するカップルの一人はギリシャ出身だ。ただ上に述べたような日常にある差別や苦労はこの映画では描かれない。映画の大半が自宅を舞台にしているためで、まるでカメラが家で待ち構えているように感じられる瞬間もある。本作品は2005年に日本公開されたマイケル・ウィンターボトム監督の『9 Songs』を連想させるが、冒険をするように外出する異性愛者の主人公カップルとは対照的であるのも興味深い。

もちろんこのような作品が映画史を遡ればいくつかあるし、例にあげた作品は語り手が恵まれた状況にいる白人男性であるために可能となった視点と手法であるかもしれない。そして、近年の同性愛者の権利や社会認識の変化、テクノロジーの発展や低価格化により映画制作が身近になったことも要因となり、LGBTQに限らずストーリーテリングの視点も多様化しているという見方もできる。いずれにせよ、この状況で生まれる作品の多くは個人的で、だからこそ響く強さを持ち備えている。

『INDIA BLUES』日本初上映後には、来日するマルカキス監督とQ&Aも行われる。この機会に、鑑賞者それぞれの恋愛経験を重ねつつ、この映画にどのような背景があり制作したのかを聞くことができれば、今に繋がる2010年代前半のこの傾向がさらに見えてくる貴重な時間になるはずだ。




Normal Screen

セクシュアリティやセクシュアル アイデンティティ、身体に強い関心のある映像作品を上映するシリーズ。これまでに、ドキュメンタリー『ワイルド コンビネーション:アーサーラッセルの肖像』や映画『XXY』を上映。2017年にはタイやベトナムの作品を紹介予定。現在ウェブサイトではアメリカの現代アーティストがHIV/AIDSとそれをとりまく経験をもとにしたビデオ7作品を公開中。

http://normalscreen.org




ジョージ・マルカキス『INDIA BLUES』上映会
11月28日(月)アップリンク渋谷

19:00開場/19:30上映開始(上映後に監督Q&Aあり)
料金:一律2,000円(1ドリンク付き)※R18+
監督:ジョージ・マルカキス
2013年/96分/ドイツ
協力・企画監修:Normal Screen
*日本語字幕無し。当日に文字資料を配布予定
OPEN FACTORY企画

ご予約は下記劇場公式サイトより
http://www.uplink.co.jp/event/2016/46375

▼映画『INDIA BLUES』予告編

キーワード:

ジョージ・マルカキス / LGBT


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