骰子の眼

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2015-04-02 19:16


団結のパワーを熱く信じ炭坑夫を支援した同性愛者たち―映画『パレードへようこそ』

マシュー・ウォーチャス監督が語る80年代英サッチャー政権下の繋がりとコミュニティ
団結のパワーを熱く信じ炭坑夫を支援した同性愛者たち―映画『パレードへようこそ』
映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

2014年のカンヌ国際映画祭でクィア・パルム賞受賞を受賞した『パレードへようこそ』が4月4日(土)より公開される。実話をベースに、長期ストを続けるウェールズの炭鉱労働者たちの支援を決めた同性愛者グループと、彼らの協力に最初は戸惑いながらも交流を深めていく炭鉱町の人々との関係を、ディスコ・ソングやザ・スミスやカルチャー・クラブなど当時のヒット曲を散りばめ描く物語だ。今回は、サッチャー政権下の80年代イギリスに巻き起こった市民の熱気をスクリーンに蘇らせたマシュー・ウォーチャス監督のインタビューを掲載する。

80年代は大きな不安をあおられる時代だった

──まず、舞台となった1980年代について、どんな思い出がありましたか?

僕はストライキ発生中に18歳で、ヨークシャー州の小さな集落で成長期を過ごしていたが、そこは欧州最大規模の石炭火力発電所に押されて存在価値が薄れてしまっていた。シックス・フォーム・カレッジ時代、発電所の門の外に陣取ったストライキのピケ隊を見かけたことを覚えている。あの歴史的紛争は僕の少年時代に起きた陰鬱な大事件のひとつだった。核攻撃に備えたサイレン音のテストだとかIRAのテロだとか、エイズの流行だとか、なにかと大きな不安をあおられる時期だったよ。

映画『パレードへようこそ』マシュー・ウォーチャス監督
映画『パレードへようこそ』のマシュー・ウォーチャス監督(右)、ジョー役のジョージ・マッケイ(左)

今の感覚だと、地下の劣悪な環境下で働く職を守るために闘う理由が理解できないかもしれないが、1984年当時は他の選択肢がなかったんだ。あのストライキが経済的背景だけで起きたわけではなかったことを、今なら皆が理解している。あれはもっと広義のイデオロギー論争における重要な闘いでもあったんだ。

ストライキ発生から数年後、マーガレット・サッチャーは「社会など存在しない、あるのは個人そして家族である」と発言したが、『パレードへようこそ』の主要登場人物たちはその正反対のこと、つまり団結がもたらすパワーを熱く信じていた。この考えがかなり新鮮に感じられるのは、現代人の意識が当時とはかけ離れたところまで漂流してきた証だろう。サッチャーは果たして、英国人の意識を変えることに成功したのか?かつては国営通信事業者だった「ブリティッシュ・テレコム」が民営化され、公営住宅が売りに出されるようになり、資本主義への大規模な移行が進行した。現在の英国人は個人の利益だけを追求し、思いがけない人生の成功を得るためにもがいている個の集団になったのか?“自分と仲間”ではなく“自分”のことだけを気にかける個の存在に?

映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より、マーガレット役のリズ・ホワイト(左)、ヘフィーナ役のイメルダ・スタウントン(中央)、ゲイル役のニア・グウィンカール(右) © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

──本作を手がけるにあたって、もっとも大切にしたところはどんなところでしょうか?

LGSM(炭坑夫支援レズビアン&ゲイ会)もウェールズの炭坑労働者たちも、政治的志向のある団体だけれど、心に迫ってくるのは彼らのヒューマニティだ。『パレードへようこそ』は寛大さと慈悲の心という、より大きな概念で観客を惹きつける。僕が編集作業中に理解したのは、両極にある人々が障害を乗り越えてユーモラスに関係を築いていくというのが、古典的なロマンティック・コメディと同じだということだった。異なるのは、ふたりの個人ではなくふたつの団体あるいはコミュニティの関係を扱っていること、そして原動力がロマンティックな恋愛でなく慈悲の心であることだ。そのせいで多分、社会という概念がふと心に浮かんのだと思う──社会と呼ばれるものはやはり存在すると思ったんだ。

映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より、ヘフィーナ役のイメルダ・スタウントン(右)、ゲシン役のアンドリュー・スコット(左) © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

──俳優陣の起用については、どんな狙いがありましたか?

文化の衝突はふたつのコミュニティの間だけでなく、世代間にも起きる。劇中では、ビル・ナイ、イメルダ・スタウトン、パディ・コンシダインの演じる炭坑のウェールズ人たちがより深みを増すキャラクターに変化していき、そして若者たちが現れる。それと同じことが撮影現場でも起きたんだ。若くて尖っていてエネルギーに満ちた俳優たちが、経験豊かな熟練俳優たちと対面する。それが全編を通してクオリティの高い演技を維持することにつながったんだ。

映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より、[左→右]ジェフ役のフレディ・フォックス、マーク役のベン・シュネッツァー、ステフ役のフェイ・マーセイ、マイク役のジョセフ・ギルガン、ダイ役のパディ・コンシダイン、ジョー役のジョージ・マッケイ © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より、ヘフィーナ役のイメルダ・スタウントン(右)、クリフ役のビル・ナイ(左) © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

──監督はこれまで多くの舞台を手がけてきましたが、今作にはその経験が活かされていると思いますか?

映画では珍しい、登場人物の多いストーリーだ。ひとりのヒーローを中心に進めていくスタイルではなく、作品のテーマのひとつがグループだから、メイン・キャラクターに焦点を当ててストーリーの重要な部分を明らかにしていく。俳優たちにセリフをしっかり覚えてもらい、準備を完璧に整えておいてもらう必要があったんだ。ダイアログはハイテンポだが、わずかなルーズさや即興も必要だ。これはどれも舞台演出で求められるものだと思う。舞台経験のある俳優が多くて助かったよ。

現場で起きた出来事に敬意を表すべきだという責任を感じた

──実話の舞台になった町、ウェールズのオンスルイン(Onllwyn)で撮影することになった経緯を教えてください。

最初のロケハンで舞台になった町オンスルインへ行ってみたら、古いローマ街道の視覚的インパクトが強烈で、どこかも分からないような場所に建てられたセットか、西部劇に出てくる町みたいだった。現場で起きた出来事に敬意を表すべきだという責任をさらに強く感じたよ。炭坑口は跡形もなくなりボタ山も消えていたが、あの歴史感覚や、あらゆるものが急激に変化していくさまは劇中によく表れている。「あのゲイの人たちのことは覚えているよ」と話しかけてきてくれた町の住民たちは、歴史の一部に参加できたことを誇りに思っていたんだ。住民全員が顔見知りの小さな町に行って、「目抜き通りで映画を撮りたいから、1週間のあいだ裏通りだけを使ってもらえませんか」とお願いするのはそう簡単なことじゃない。でも、映画のストーリーを理解し、自分たちのコミュニティがどう描かれているか知るにつれて、住民たちはどんどん関心を抱いてくれるようになり、撮影が終わるころには、寒い中一家総出で撮影見物を楽しんでくれていたんだ。僕らはすごく歓迎されていると感じられたし、撮影終了後には去るのが名残惜しいくらいになっていたよ。

映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より、ジョナサン役のドミニク・ウエスト(奥)、ヘフィーナ役のイメルダ・スタウントン(手前) © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

──ダンスシーンと合唱の場面が素晴らしかったです。

パーティーで俳優のジョナサンがシャーリー・アンド・カンパニーの「シェイム、シェイム、シェイム」で先陣を切って踊る場面は極めて重要なシーンだ。あれより前のシーンではLGSMに対する抵抗感がまだ残っていて、中には周囲に合わせておとなしくしていようというグループもいた。けれどもそれはジョナサンのスタイルじゃない。彼は対立を辞さず自分を偽らないタイプだから、相手はそれを受け入れたほうが利口なんだ。だから彼はわざとあの曲を選んで踊り、すべてをさらけだしたんだ。

あのダンスはLGSMがロンドンのゲイ・コミュニティから持ち込んだもので、一方、ウェールズ・コミュニティによる熱く感動的な「パンとバラ」を歌う場面は、いわばウェールズ人たちが数ヵ月後に同じ場所でお返しをするシーンみたいなものなんだ。あれは感傷抜きで効果的に感情を表現するのに最適な曲だった。最初に歌い始める女性を演じたウェールズのシンガー、ブロンウィン・ルイスは作品の舞台となる町・オンスルイン出身で、その事実が次の展開を予想させる一因になり、歌に真実味を与えている。よくありがちなシーンにならないよう、バランスを取るのがすごく難しい場面だったね。

(オフィシャル・インタビューより)



マシュー・ウォーチャス(Matthew Warchus) プロフィール

1966年、イギリス・ロチェスター生まれ。舞台演出を中心にオペラ、映画など多方面で活躍。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどで多くの受賞作品を演出。また、ウェストヨークシャー・プレイハウス、オールド・ヴィック・シアターの副監督も務めた。これまでに英オリビエ賞で新作ミュージカル作品賞ほか7部門を受賞したロアルド・ダール作「Matilda The Musical」(12年)、米トニー賞で作品賞、演出賞を受賞したヤスミナ・レザの戯曲「God of Carnage」(09年)をはじめ、英米の両方で多数受賞、ノミネートされている。代表作は、「Much Ado About Nothing」(94年)、「Volpone」(95年)、ヤスミナ・レザの戯曲「Art」(98年)、サム・シェパードの戯曲「True West」(00年)、ティム・ファース作「Our House」(03年)、「Boeing Boeing」(08年)、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を舞台化した「Ghost: The Musical 」(11年)など多数。映画監督デビュー作は、サム・シェパードの戯曲を映画化した『背信の行方』(99年)で、本作は長編第2作目となる。




映画『パレードへようこそ』
2015年4月4日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

1984年、不況に揺れるイギリス。サッチャー首相が発表した20ヵ所の炭坑閉鎖案に抗議するストライキが、4カ月目に入ろうとしていた。ロンドンに暮らすマークは、その様子をニュースで見て、炭坑労働者とその家族を支援するために、ゲイの仲間たちと募金活動をしようと思いつく。折しもその日は、ゲイの権利を訴える大々的なパレードがあった。マークは「彼らの敵はサッチャーと警官。つまり僕たちと同じだ。いいアイデアだろ?」と、友人のマイクを強引に誘い、行進しながらさっそく募金を呼びかけるのだった。

監督:マシュー・ウォーチャス
出演:ビル・ナイ、イメルダ・スタウントン、ドミニク・ウェスト、アンドリュー・スコット、ジョージ・マッケイ、ジョセフ・ギルガン、パディ・コンシダイン、ベン・シュネッツァー
脚本:スティーブン・ベレスフォード
撮影監督:タト・ラドクリフ
美術:サイモン・ボウルズ
衣装:シャーロット・ウォルター
編集:メラニー・アン・オリバー
音楽:クリストファー・ナイチンゲール
キャスティング:フィオナ・ウィアー
原題:PRIDE
2014年/イギリス/121分
日本語字幕:齋藤敦子
後援:ブリテッシュ・カウンシル、英国政府観光庁
提供:セテラ・インターナショナル、KADOKAWA
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル
宣伝協力:Lem

公式サイト:http://www.cetera.co.jp/pride
公式Facebook:https://www.facebook.com/pages/パレードへようこそ/531046876998127
公式Twitter:https://twitter.com/parade_youkoso


▼映画『パレードへようこそ』予告編

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