戦後67年。戦争当時を知る関係者は減る一方です。
とりわけ、広島・長崎の被爆状況を知る医療関係者となると、ほぼ「この方」しかいないとされます。
肥田舜太郎。御年95歳。
軍医時代に広島で被爆した肥田氏は、その後60年以上にわたり、被爆者治療に献身。しかし、その内部被爆の実情が世に伝えられたのは、ようやく1970年代に入ってからだそうです。
そして、戦後66年経ったわが国で起きた、福島原発事故。原爆投下と原発事故、二つの災厄を結ぶ貴重な証言者として、肥田氏はいまだ全国を奔走しているそうです。
3.11後のいま、この作品を見て思うことはさまざまです。確実に言えるのは、人類の英知をもってしても「原子力の平和利用」はぼぼ不可能であるということ。そして、日本もアメリカも、あらゆる国々とその機関が原子力にまつわる情報を隠ぺいしてきたということです。
かように環境負荷が甚大で、持続不能な「負のエネルギー」を、なぜその本質を知りながら推進してきたのか、理解に苦しみます。それほど麻薬的な利権を生み出す、打ち出の小槌だったのでしょうか。
それにしても恐るべきは、原爆投下と原発事故、世界でも類を見ない惨事が二度もこの平和国家・日本で起きたという事実です。いくら日本民族が我慢強いとはいえ、この仕打ちはあまりにも過酷すぎます。
映画でも明らかですが、米軍は堂々と日本を「核の人体実験場」とし、その人類史上最悪の蛮行に対して、ひと言も謝ってはおりません。それどころか、まんまと日本を親米従属路線へと導き、原発政策を推進させていったのです。
日本の占領政策が成功しすぎたことが、アメリカを「世界の警察国家」へと増長させました。新興国の核政策をけん制しながら、自国の核を本気で手放そうとは思っていなさそうです。
「愛国」「自虐」といった歴史認識にかかわらず、アメリカが犯した蛮行は「人として」許されるものではありません。私たちは「復興の恩人」であるアメリカと親しくお付き合いする一方で、「野蛮人」であるアメリカの汚点を語り継ぎ、糾弾し続ける義務も忘れてはなりません。
それが、肥田氏が生涯を賭けて訴え続けたメッセージでもあります。
最後に、本作が世界有数の原発推進国・フランスの監督によって撮られたことも、意義深いことです。