前回の6でドラマのいいとこを書いて、きれいに終わらせたかったのに、
それはとてもかなわなぬ調子の第二部――8年後じゃなくって、どう誰のせりふを聞いても7年後でしかない第32話以降をこう呼びたい――のガタガタぶり。
蒼太がまさかのブラック化して、
黒のスーツでビシッと決めたその姿があまりに様になっていたために
(体調くずして寝床に横たわった時に、額に乗せられたぬれタオルまで真っ黒)、
ああ、今までのえらそうな態度はみんなここに来るための布石だったのね、と思ってあげようとしたのに、
弥彦と同じに具合が悪くなったとたんのツンデレぶりが、
おそらく脚本からして落差があり過ぎ、
潔子が人妻になっても「きぃちゃん、きぃちゃん」うるさかったのが、
やっと第二部になって、二人きりの時でさえかしこまって「奥様」と呼ぶようになっていたのが(むろん、不自然過ぎたが)、
突然、また「きぃちゃん」に逆戻りしてしまって、表情までだらしなくにやけ、これじゃもう二重人格どころか人格崩壊に近い。
今までのあのいかめしい顔つきはなんだったの? 仮面?
それで、渋澤商会の番頭としての威厳を保つにしても、潔子までだます必要はなかったんじゃ?
それに、おそらく32話以降、最終回近くまで視聴者を引っ張るための役目を負わせたかったのであろう、
新いじめ役のつもりらしい、弥彦の幼なじみの女性の娘であるかほるという女が、
いじめ役じゃなくてただのサイコで、
その筋違いの復讐心と異様な執念深さは誰がどう見ても同情する余地がなく、ただただ不快でしかない。
こんな不愉快なキャラクターをドラマに出されても、どきどきするどころかテレビ消したくなる。
しかもどうせ最後には改心するであろうことが、これまでの展開でもう見ている誰もにわかっているので、引っ張り役にもなんにもならないし。
そして、肝心な潔子はすでに人格がかたまったのか大事な鏡を眺めることすらなくなってしまって、
そのホワイトっぷりがほんとうにいつも誰かに守られていないと生きていけない人になっている。
まあ、蒼太はここに来て、お金の力ではなくその役職上、口先だけだったのを返上して実際に潔子を守れるようにはなったみたいだが、
潔子は蒼太がそうやって現実的な対処をしてくれるからこそ、路頭に迷う恐れもなく、まだ人を信じようとすることができるだけ。
その心がけはりっぱでも、これじゃいい大人なのに危なっかしくってしかたがない。
これも、見ていた誰もが思っていることだろうが、やっぱり弥彦はもとより、どう見たって二宮・父を消すのが早過ぎた。
「武士道とは死ぬことに見つけたり」ではない、新・武士道もしくは、武士道によらない生きざまをぎりぎりまで見せつけて、
弥彦と討ち合いになって(えーっと、どういう展開にするとそうなるっけ?)ほろびるなり、自滅するなりすればよかったのに、結局、旧来の武士道精神にのっとって、死ぬことでケジメをつけちゃったからね。
でも、彼はかつて、この男に犯されるくらいなら、と自刃しようとした潔子に向かって、
死んでどうする! とその犯そうとした本人でありながら、押し留めて説教した人物なのに。
「死ぬことは武家の誇りなどではない!
誇りを守ることは、命を懸けずともできる! いや、命はそんな軽いものじゃあない。死んではならん! 生きることこそ誠なのだ!!」
と。
その彼なりの「誠」を、その言葉どおりもっと生き続けることで見せてほしかった。
このシーンは今思い返すも、明らかに前半の見どころのひとつだった。
潔子の娘時代のきっぷのよさが、ドラマのひとつの見せ場だったわけだけど、
ああいうのはやり過ぎると、少女小説どころか少女まんがになってしまって、
汚されるよりは死を選ぶっていうその純潔思想(古い言葉だ。こんな言葉、今時知らない人のほうが多いんじゃ?)が、
やった女は汚れている、と言う男たちの押しつけを自ら引き受けることになってしまい、
そのような形ばかりの潔さに走ろうとする潔子にその是非を突きつけ、
ドラマのテーマの「愛と誇り」自体を覆しかねない、というか、深めるいいところだったのに。
そこまで言うと、それこそ昼ドラに多くを求め過ぎだと言われるかも知れないけれど、
これはけっこう鳴り物入りで始めた作品だったらしいから、
だとすると、惜しい、というか中途はんぱ、というか、視聴者なめてんのか、としか言いようがない気もする。
前半は歴史も盛り込んだ、大河ドラマっぽいいい雰囲気があったんだけどなあ。
まだ最終回まであと3話も残っているけれど、
明日はどうやらどら息子、清太郎が渋澤商会に帰ってくるらしいし、
もう早く、それが二人の念願となっている病院を作って、潔子と蒼太にはとにかくとっとといっしょになってもらって、そっちのほうを切り盛りしてもらいたい。
なんにしても、格言のオンパレードもなく、
鏡をとっくりと眺めて己を問うシーンもなくなってしまった今、
少女小説ドラマとしての『潔子爛漫』はもう終わったと思う。
で、写真はその二宮・父と潔子との渡り合いのシーン。
二宮が素手で刃を握りしめ、潔子からもぎ取ろうとしているところ。第10話から。