キャッチコピーは「愛と誇り」。
両方とも、お金では買えぬもの。
このドラマはきのう書いたように、それぞれの「心の誠」について考えてみるのには最適なのではないかと思うのだけれど、
話の展開を見ていくと、逆さまに結局は「お金」なんだな、と思わせられないこともない。
だって、結果的に亡くなってしまったとはいえ、
汚職の濡れ衣を着せられた潔子の父親が釈放されたのはお金がものを言ったからだし、
借金のかたに妾にされそうになった潔子を救い出したのも、結局はお金だったし、
そして、なにかと言うと、
「僕がきぃちゃん(潔子のこと)を守る」と豪語する、潔子の幼なじみである蒼太は、
その都度、お金の力の前に挫折し、しまいにはお金によってほかの男に潔子を奪われていく。
お金は力であることを明白に語っていて、
お金がなければどれだけ固い決意をしようとも、結局は砕かれてしまうことをドラマが暴いているのだった。
あろうことか、その純朴な蒼太までが、
「金の力で人は助けられる。だったら僕は商人になる」
と、それまで目指していた医学の道をあっさり捨て、商家に住み込んで丁稚奉公を始めてしまう。
まあ、蒼太の場合は商売人になれば、薬を安く仕入れられ、その薬を安価で人々に提供できて、貧しいからといって薬を買えずに命を落とす人がいなくなる、という、それまで医術を志していた者ならではの、青年らしい人助けの発想によるものだったが。
でも、結局はお金。
お金でほとんどすべての物事が解決できるということを、このドラマが語っている。
愛のない(ということに、表面上はなっている)結婚をしながらも、
不特定多数の男に身を任せることにならずにすんで、潔子の誇りを守れたのもお金の力だし、
これを見ていれば、お金で先に人を動かせば、愛も後からついてくるかも知れない、という考え方もできるようになるかも知れない。
それで、「なーんだ、やっぱりお金なんだね」じゃなくて、
「お金はやっぱり肝心なんだな、でもこういう場合、自分はどうするだろう……」
と、小学生たちに、このドラマを見て考えてもらったらいいんじゃないかと私は思うんだけど。
うーん、あんまりけなしてないかな。
写真は第16話より。
潔子の借金を法外な利子つきで、いったんは肩代わりしようとした蒼太の図。