『ザ・コーヴ』の東京での上映が7月3日からシアター・イメージフォーラムで公開されることが決まった。
思い返せばアップリンクにも配給の依頼が来た。それは東京国際映画祭で上映される数ヶ月前の事だった。多分デイビッドさんという外国人がやって来て、配給をしてくれないかという話だった。どうも話をしているとプロのセールス・エージェントではなく、映画の製作関係者のようである。突然やって来たわけではなくそれまでにメールのやり取りがあった上でだった。
事前に映画の情報を得ていたが、まだ作品自体を見ていないので、その内容について、映画がイルカ漁反対なのか、水銀汚染の海洋汚染の問題の映画なのか、食文化に関する映画のなのかを知りたいと話したが、明確な答えは得られなかった。さらに僕は個人的にはクジラを食べる事に反対ではないし、それでも配給してもいいのですかとも聞いた。それにも答えはなかった。とにかく映画を観てからでないと決められないと告げ、DVDで見せてほしいと言った。
今思えば、彼はこの映画の製作団体のOPS(海洋保護協会) のメンバーだったのだろうか、その後、何の連絡も来なくなった。きっとクジラを食べるとか言ったりしたので、こいつはこの映画の配給に相応しくないと思われたのだろう。
その後、東京国際映画で上映され、アカデミーでオスカーを受賞し、日本ではアンプラグドが配給するという事を知った。試写会の案内が来たので見に行った。映画の内容はと言えば、半分くらいがスパイ大作戦のようで、イルカ漁の是非についても観客として知りたい情報が十分でないので物足りないし、そういう意味で下手な映画だという感想だった。
で、今回の上映中止騒動である。
映画館が上映を中止する以前に、配給会社のアンプラグド及びその社長の加藤さんの自宅迄街宣活動が行われ、それは結局、裁判所の仮処分により配給会社への街宣は法的に禁じられた。
シアターNには直接街宣活動があった訳ではなく、現場は上映するつもりがあったが、「主権回復を目指す会」と称する市民団体が映画館の親会社である日販に抗議の連絡をしたらしい。聞くところによると、シアターNの公開日であった6月26日の数日後が日販の株主総会らしい。日販は、これまで株主総会では一切そういった抗議活動がない会社である事を誇りにもしていた会社だったらしい。そこで、日販の判断で上映中止を決めたらしい。
東京でもう一館、上映をする予定だったのがシネマート六本木だ。この映画館は『靖国』の上映の時に結局、上映中止を決めた映画館である。なので、映画館の現場は、今度はどんな抗議があっても上映するつもりであったと聞く。「主権回復を目指す会」は彼らのホームページ上でシネマートの親会社である映画配給も行っているSPOの一株主であるパチンコ屋のフィールズに街宣をかけると発表した。フィールズの取締役宅にも街宣がかけられるらしいという告知がSPOにもあったとも聞く。で、SPOは上映中止を決める。具体的に映画館に街宣はなかったらしい。
その時点で僕は、こんなことで映画館での上映が中止に追い込まれるというのを許したら、また同じような問題が再発するので、抗議に屈しない映画館もあるんだということを上映中止を要求する連中にも知らせないとダメだと思い、アンプラグドの加藤さんに上映をしますと連絡した。
映画『コンクリート』がシネパトスでの上映が中止になり、その後アップリンクでやると決めた時と同じ動機である。
アップリンク社内は上映中止をした劇場とは逆だった。社長の僕は、上映をしないと抗議している連中になめられるという意見だが、現場は当然の事だが、観客、従業員の安全が保障されないのにあえて火中の栗を拾う必要があるのか、十分忙しい毎日なので、そんな問題をわざわざ抱え込む余裕が今の会社にあるのかという意見があった。
僕としても従業員、観客の安全を確保する責任者としての万が一の時の恐れはある。そこで、加藤さんに上映をしたいという旨を伝える前に、つてを介して抗議をしている右翼の一人ともある日の深夜に会った。そのうえでの判断ではある。彼から情報を収集し、彼らは暴力行為にはでないなという感触は得たうえでの上映の申し出の判断なのだが、逆に組織だっていなくてネットで告知し賛同者を集める手法で街宣をしているので、変な奴が紛れ込んでいると統制が取れていないだけに怖いなとも思った。
6月8日に加藤さんから正式にアップリンクで上映をお願いしたいという連絡を貰った。そこで、正式にスタッフに連絡をし、その日は関係方面に連絡を取る事で時間を費やし、別の仕事の打ち合せに90分も遅れ信用をなくすという事もあった。
6月10日にアンプラグドの事務所で上映に関する具体的な対策を話し合った。
例えば本来の東京上映の初日の6月26日東京のできるだけ多くの劇場で朝の1回でも『ザ・コーヴ』をできないかと提案があり、それはいいアイデアなので、アップリンクも26日は既に上映予定が決まっているが、朝、9時からでも劇場を開けて、例えば都内3館でも『ザ・コーヴ』を上映すれば、抗議する方も標的が分散するのではないかと話した。
アップリンクは映画館の横にレストランも併設しているので、イルカやクジラ料理を出して、抗議する側も招待し、まず、日本の食文化を味わってもらい同じテーブルで話し合う事ができないかとも考えた。
「主権回復を目指す会」の代表の西村氏はYoutubeにある街宣を見ると、映画『いのちの食べかた』は評価しているので、『ザ・コーヴ』との2本立て上映はどうかなども検討した。
実はアップリンクの目の前は統一教会の本部がある。街宣があるとなるといったいどういう事になるのか想像もつかないので、統一教会に事前に説明に行く必要もあると考えた。
万が一の事に備えて、警備員の配置も配給サイドにお願いした。
そして、最後にそのミーティングでは、渋谷の別の映画館が興味を示しているがまだ映画を観ていないので映画を見せてほしい、見て映画として気に入れば上映してもいいという話がある事を聞いた。僕の立場は、この際映画の内容の善し悪しとは関係なく上映をしなければという立場だ。
で、結局、その映画館はイメージフォーラムで、6月14日に加藤さんから一旦アップリンクで上映することをお願いしたが、お断りしたいと申し出を受けた。
まあ、ここからは配給も劇場も商売の話になり「表現の自由」とは別問題になるので、ここで記す事は控えておこう。
で、今回の問題はなんのかを改めて記しておこう。
街宣は一般市民、映画館にとっては「怖い」、暴力なら警察を呼べばいいが、街宣は警察が見守る中で合法的に行われる。
上映中止の問題は、「自由の敵は自主規制」であるということ。
誰だって、街宣されれば嫌だし、近所迷惑になるし、まして個人宅まで来られるとまいる。
ただ、ドキュメンタリー映画を、しかも始めから社会的問題提起をしているとわかっている映画を公開するなら、そういうリスクがあるという想定の上で、それなりの「覚悟」を持って配給、上映をしなければならないということだと思う。
配給をするアンプラグドの加藤さんにはその覚悟はあった。上映をする映画館にその覚悟が無かったという事だろう。
ただ、映画館を経営しているものとして、ちょっとした脅しで、現場は、観客の安全、従業員の安全、経営的損失を考え、表現の自由は守りたいけど、万が一の事があったらどうしようと恐れをなす。 そこで、映画を上映するとは、そういったリスクをも抱える事なのだ、と言うのは容易いが、現場の最終責任者としては悩ましいところである。
正確に言うならば、自由の敵は「己の事なかれ主義と恐怖心」である。
抗議するものは巧妙にそこをついてくる。聞けば現在抗議をしている団体は、親会社や株主、社長個人宅に街宣をかけるその手法を労働組合の戦法から学んだという。
暴力的手段は論外として、上映中止という抗議に屈しないためには、抗議をするものより、上映する事に対して強い信念と覚悟が必要だろう。
特に日販は書籍の流通をしている取次ぎ会社である。もし、ある書籍が反日なので取次ぎを止めろと市民団体からの抗議があったら書店への取次ぎを中止するのだろうか。きっとそんなことはしないだろう。だったらなぜ映画の上映を取り止めるのだろうか、映画をバカにしていないか、軽く見ていないかと日版に対しては言いたいところだが、「怖い」し「やっかい」なのは十分理解出来る事だ。でも上映をすると決めたなら、こういうことは想定しておかないとダメなんじゃないとも思う。
アップリンクで上映する場合、「安全」を確保し、万が一の「責任」を社長である僕が口で取るというのは容易いが、受付のアルバイトの女性スタッフがもし刺されたら、どう責任を取れるかとも自問した。
アップリンクに入社するということは、このような問題が起きた時に身体を張ってでも「表現の自由」を守るのだと、社員に強制出来るのかとも自問した。
アップリンクの株主は僕が100%だし、社長の自宅に来ると言っても僕は独身だし、彼らが攻めるウィークポイントはどこだろうかといろいろ考えた。
いや、僕が結婚して妻子もいる事にして僕の自宅に街宣がくれば劇場は静かかなと思ったが、スタッフに住民票でばれると言われその陽動作戦はダメだと思った。
敵は、僕のプライベートな交際関係を調べ、その相手を攻めるのか、親や親戚迄手を伸ばすのか、考えれば考えるほどやっかいな事だ。上映するなんて手を挙げなければこんな事で気をもまなくてもいいのに。
でもここは映画業界に居る人間としての覚悟を上映中止する奴らに見せておかないとダメだと言う気持ちが優先していた。
まあ、結局同じ覚悟を持った映画館が上映するイメージフォーラムの他にも東京でもう1館あったと聞く、少なくともそういう映画館があるということの結果、東京で7月3日に上映される事で、このような事件の再発防止にもなることを願う。
最後に宣伝ですが、『ザ・コーヴ』の上映はアップリンクではなくなりましたが、映画に出てくる太地町からミンククジラを仕入れ、『ザ・コーヴ』公開記念としてクジラ料理をアップリンクのレストラン、タベラで提供することだけは実行しようと思います。
渋谷にお越しの際には日本の食文化をタベラでぜひ味わってみてください。