2008-05-21

「静かで穏やかな日常は、狂気に満ちている」 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 実話を元にした、母親殺しというスキャンダラスなテーマである、とか、R-18のレーティングかかかっている、とか、ヒステリックな役をやらせたら当代一のジュリアン・ムーア主演だとか、観る前に仕入れたいくつかの情報から想像するよりも、「美しすぎる母」は静かで穏やかな印象を持つ映画である。
 
 わがままでひとの話を聞かない、空気読めない、すんごくエッチ、と、まあ、良く言えば「自由奔放」だが、家族からすれば迷惑この上ないキャラクター、バーバラ・ベークランドを演じるのはジュリアン・ムーア。その言動や行動から、とても大富豪の奥方とは思えない「育ちの悪さ」を感じさせ、思い通りにならなければヒステリーを起こす、その演技にまず多くの人は「ムカつく」に違いない。
 いや、それだけジュリアン・ムーアの演技がスバラシイと言うことなのだが、本当ヤな女ですジュリア・・・もとい、バーバラ奥様。旦那や子供の事も考えず、自分の思いどおりにコトを進めようとする大金持ちにありがちな行動パターンを、もうそりゃ、嫌みたっぷりに演じているので、正直「共感できない」というか、先にも書いたように観ているだけで「ムカつき」ます。間違いなく。
 
 したがって当然、旦那に捨てられますが、まあ、旦那も旦那で息子のガールフレンドを寝取って旅に出ちゃうんだからどっちもどっち。ただ、旦那の方は普段は大人しく真面目な社会人みたいな印象なので、観客は「そりゃ若くて可愛い方を選ぶよな」と、むしろ同情してしまうあたり、監督のトム・ケイリンの意地悪な(笑)演出が際立っている。そう、この映画はたぶん、この女じゃ殺されても仕方ないよな、と思わせようとする意図が見えるような気がするのだ。
 
 とはいえ、それらの描き方はきわめて穏やか。ショッキングなシーンかあるわけでもなく、日常を淡々と描くように、本当にどこにでもある風景のように、カメラは冷徹にイヤな性格むき出しのバーバラを捉え、同性愛の友人と共にクスリをキメる息子、バーバラとの歪んだ愛に満ちた毎日を、あくまでも第三者の眼で描く。見た目は穏やかだけれども、その中身は、母も息子も穏やかな狂気に満ちた日々。その穏やかさは、クライマックスからラストシーンにかけても、淡々としており、あえてドラマチックな演出さえ避けているかのよう。
 
 しかし、改めてジュリアン・ムーアという役者はスゴイ。表情や動きで秘めている狂気を表現し、観客にさえ不快感を与えるようなキャラクターを作りだしてしまうんだもの。こりゃあ劇中の旦那でなくても捨てたくなるし、息子にだってコロされてもしょうがないなあ、と、感じてしまう。
 ああ、しまった、そう感じてしまうのは、監督の思うツボなのか。そうなんだろうなあ、ちょっと悔しい。
 
 ともあれ、全編を通して、静かで穏やかな狂気を眺めるという、ちょっと不思議な気分にさせてくれる映画ではある。ナニかを考えさせられる映画ではなく、ナニかを「感じる」映画なのだ、たぶん。

 観終わった後の、なんだかクチの中がネバネバするような、ちょっとした不快感というか、なんか割り切れ無い気持ちが、この映画の魅力といえるだろう。
 したがって恋人や夫婦のデートで観るのには相応しくない。不倫のカップルにはちょっとオススメ。エンドロールが終わった後に、気まずい苦笑いをしながら見つめ合う、なんて感じ。

 あ、妙齢の女性がひとり、劇場で静かな狂気を感じてニヤリとする、なんて言うのもカッコいいかもしれない。人生、解っちゃってますね、姐さん、みたいな。
 

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