『10年代の終戦』
青秀祐、梅沢和木、木村泰平、潘逸舟、柳井信乃、檜山高雄
企画 高橋洋介
2012年8月15日~9月1日
オープニングレセプション:8月15日(水)18時~20時
東京を離れ、青森で仕事をするようになって日本や3.11に対する見方が大きく変わった。青森で生活しながら日本の矛盾のいくつかを知っていく中で、原爆で始まった戦後と原発事故以後の現代をひとつながりのものとして提示した開沼博氏の『「フクシマ」論』を読み、この展覧会の構想に関わるふたつの問いが脳裏をよぎった。
ひとつは、戦時中の言語が3.11の直後に再召還されたことに関わる。3.11の福島第一原子力発電所の事故を映画監督の押井守は「第3の原爆」と呼んだ。ツイッター上では原発の収束に向かった作業員は「特攻隊員」に重ねられ、政府の見解は「大本営発表」と非難され、事故直後の雨は「黒い雨」と呼ばれた。戦時中の言語がなぜいままた繰り返されたのか。戦後日本美術を代表する岡本太郎は「過去の事件としてではなく、純粋に、激しく、あの瞬間はわれわれの中に爆発し続けている。」「悪夢を忘れ去りたいのなら、八月六日を被曝記念日と呼べ。」と敗戦について綴った。わたしたちはその美しい悪夢の中をいまだに生きている。だからこそ、3.11は敗戦に重ねられたのではないだろうか。
あの戦争はいまだ終わっていない。それがこの展覧会が検証する仮説だ。なぜ人々は、いまに敗戦を透かし見たのか。そこには表面的な類似を超えた繋がりがあったのだろうか。
もうひとつは、戦争画に関わる。戦後美術に目を向けるとき、私たちは天皇制ファシズムを象徴する戦争画がタブーとしていまだ封印され、そしてアンフォルメルや概念芸術、ニューペインティングやシミュレーショニズム、関係性の美学などの欧米のアートの国産化によって描かれてきた戦後美術史が実は「敗戦後美術史」だったことに気がつく。戦争画がアメリカからの無期限貸与であること、そしていまだ全面公開できないことは、日本がアメリカの文化的植民地であり、美術の「閉ざされた言語空間」がいまだ存在し続けていることを端的に示している。そして、そうである限り、日本の敗戦後美術は、評論家の椹木野衣がいうように、歴史が蓄積されず延々と表面的な形式を模倣し続ける「悪い場所」であり続けるはずだ。日本美術のゼロ年から10年を経た今、日本における歴史の忘却に抗うためには、現代美術の起源としての戦争画の問題を問い直し、自分たちを批評の俎上にのせるほかないのではないか。
この重なり合うふたつ―3.11と日本戦後美術―の問いをどのような形で実践できるのかという問題意識が、この展覧会を構想する契機となった。以上の前提を踏まえた上で、本展では、太平洋戦争を陸軍兵として生き、シベリア抑留後、ソ連政府から中国戦犯管理所に移管された檜山高雄の絵画と、戦争の記憶が風化しつつあった1980年前後に生まれた若手作家5名の主に3.11以後に制作された作品を対置する。
目に見えない闘いは芸術に託されている。それに応えるのは私たち以外にない。小規模ではあるが、問いを改良し、さらなる研究と実践を深めていくためにも、この展覧会を観て「10年代の終戦」たりえるか批評し、議論していただければ、これに勝る喜びはない。
高橋洋介(本展キュレーター)
高橋洋介(1985年東京都生まれ)
2012 東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了
2012年より青森県立美術館エデュケーター。近年の企画に「超群島」(2012年 青森県立美術館・表参道GYRE アソシエイト・キュレーターとして参加。監修は飯田高誉:森美術館理事。キュレーターは藤村龍至:藤村龍至建築事務所代表)杉本博司特別講義『創造の起源』(2010年 東京藝術大学)など。主なインタビューにジェフリー・ダイチ(ロサンゼルス現代美術館館長)「ポストヒューマニズムと芸術」(2009年 『Realkyoto』)など。主な編著に『堂島リバービエンナーレ2011「Ecosophia」』展覧会カタログ(2011年 アニッシュ・カプーア《PLACE/NO PLACE》他9作品の作品解説を担当)など。
青秀祐(1981年茨城県生まれ)
2004 多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業
個展『TRIAL』(2011 航空科学博物館)
グループ展『Gateway Japan』(2011 トーランス市美術館)『Art and Air』(2012 青森県立美術館)など
梅沢和木(1985年埼玉県生まれ)
2008 武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業
個展『大地と水と無主物コア』(2012 CASHI)
グループ展『カオス*ラウンジ2010』(2010 高橋コレクション日々谷)『破滅*ラウンジ』(2010 NANZUKA UNDERGROUND)など
木村泰平(1986年埼玉県生まれ)
2012 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了
グループ展『ν romancer』(2011 islandMEDIUM)など
潘逸舟(1987年上海生まれ)
2012 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了
個展『海の形』(2012 京都芸術センター)
グループ展『No Man's Land』(2009 旧在日フランス大使館)『Local to Local』(2010 釜山)など
柳井信乃(1979年奈良県生まれ)
2002 神戸女学院大学音楽学部ピアノ専攻卒業
2010 多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻日本画研究領域修了
2012 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了
個展『記憶と記録』(2008 Gallery Q)
グループ展『NIHONGA:New Traditions』(2010 Dillon Gallery NY)『Art Award Tokyo Marunouchi 2012』(2012 行幸地下ギャラリー丸の内 植松由香/国立国際美術館主任研究員賞受賞)など
檜山高雄(1920-88年)
1920年広島県生まれ。1941年から約5年間、陸軍の報道班員として中国本土に駐留。シベリア抑留、中国戦犯管理所を経て56年帰国。その後自らの戦争体験を絵画として発表していく。88年没。
本展の開催にあたり、ご協力・ご助言くださりました下記の方々に厚くお礼申し上げます。
CASHI
飯田高誉(青森県立美術館美術統括監/森美術館理事)
藤村龍至(東洋大学理工学部建築学科専任講師/藤村龍至建築事務所代表)
中国帰還者連絡会
公益財団法人東京都歴史文化財団 トーキョーワンダーサイト
eitoeiko
東京都新宿区矢来町32-2
火-土 12:00-19:00
http://eitoeiko.com
※画像は檜山高雄「1945年8月15日終戦」