なにかを得るにはものすごく時間がかかるのに、なにかを失うときは一瞬で消えていく。また「時間」というものに、残酷で無情なまでに私たちを突き放されてしまうと、人はこんなにも停まってしまうものか。前進することの難しさをこの映画は冷静かつ真正面から教えてくれている。
本作の主人公フレッドは、失業保険の受給資格が認められず、人並みに住居の中で生活する環境すら得られないまま車上生活を強いられても、規則正しく日々を送ることで、アイデンティティーを見失わないように過ごそうと努めている。
フレッドと同じような生活をしている青年カハルは、父との確執から家を出て、自身の中に抱える苦しさから解放されたいあまりドラッグに手を出し、車上生活から抜け出せずにいた。そしてフレッドが出会った女性ジュールスもまた、夫を失い異国で寡婦として生きる自分のアイデンティティーを見失っている。
三人はそれぞれ事情を抱えるなかで、人生のある時間をともに過ごしたことで見えてきたもの、教えられたこと、学んだことが必ずある。そのことを胸に刻みながら、新たな一歩を踏み出すフレッドを見ていると、停まった時間も人生に必要なものだったのかもしれないと思ったりする。
フレッドとカハル、ジュールスの三人が登場人物ではあるが、カハルの父もまた、フレッドが会いにいったことで、停まっていたであろう時間を動かし始めたような気がしたのは自分だけだろうか。
停まる時間の長さはそれぞれかもしれないが、いつか時間は動き始める。そのきっかけが、幸せな出来事ばかりとは限らないのもまた真実なのだ。