モハメド・アリほど、存命中から多くの伝記映画になったスポーツ選手もいないだろう。
もちろん「最も偉大なスポーツ選手」ということに加え、マルコムXにも匹敵する「最も偉大な黒人ヒーロー」という面があるからこそ、だが。
本作はドキュメンタリーですが、アリ本人ではなく「アリと闘った10人のボクサーたち」がアリを語るという、証言方式で進んでいく。
アリほど偉大なボクサーだからこそ効果的な手法だが、逆に、試合以上にキャラクターが抜群だったアリ本人が不在では“パンチ不足”なのでは、という心配ももたげてくる。
しかし見始めてすぐに、そんな杞憂は吹き飛ぶ。当時の記録映像で躍動するアリの姿が魅力的なのは言うまでもないが、ケン・ノートン、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンら、ライバルたちの語りにも劣らず引き込まれてしまうからだ。
現在、アリと同様に60~70代となったライバルたちは、タフガイ的なたたずまいは彷彿させるものの、完全な“老雄”であり、基本の語り口は「おじいちゃんの思い出話」的な印象だ。アリの速射砲のような“口撃”の映像に対し、老ライバルたちの思い出語りは、あくまでも優しい。
今となっては一様にアリへの感謝と尊敬の念を口にする彼らだが、それでも話がヒートアップした刹那、勝負師の顔つきを覗かせる。フレージャーなどは、本気で悔しがる素振りを隠さない。
最後、ライバルたちはカメラ前でシャドーボクシングを繰り出すのだが、いわばアリという「回春剤」とのめぐり合いにより、40年前にタイムスリップしたかのような面持ちを見せてくれる。そんな「好々爺たちの青春回帰」が、本作最大の見どころと言えよう。
一人の男を語ることで、10人の大男たちが目を輝かせ、感情をあらわにし、一瞬でも若さを取り戻す。そんな幸せな瞬間に居合わせるだけでも、本作を見る価値は充分だ。