漆といえば輪島塗、根来、堆朱がすぐに思い浮かぶ。その光沢、手触り、あるいは歳月の創造した重厚感は、通人たちに愛されてきた。
とくにその性質、作用に着目し、作品に積極的に組み込んでいくいらはらいつみ(伊良原満美)の作品では、漆はそれらとは違った一面を見せる。
新聞紙のなかからテレビ欄だけを抜き取り、手巻きシュレッダーできしめん状に裁断したあと、団子状にまるめて固めた「話題の種」では、漆は日々いとも簡単に消費されていくマスメディアの表皮を、永遠の中に封じ込める力技をみせる。伝統的な技法を記憶媒体として使用したのは、作家の確信にみちた陽気なアイデアである。
その「不安定に安定した」形態にはデッサンでは追いつかない、増殖を予感させる気迫があり、本場ロンドンの現代美術をみるようでもある。かの地はアートの形骸化も甚だしいが、そこは漆、いらはら作品には物質としての底力がある。さきごろのプランタン銀座でのつぶした紙コップを戻して固めた「使えるコップ」といい、作家の精神はパンクに近い。
いらはらみつみ
1972年東京生まれ。埼玉県在住
1999年東京藝術大学大学院美術研究科漆芸専攻修了
1998年安宅賞
1999年サロン・ド・プランタン賞
2000年東京藝術大学漆芸科非常勤講師
2005年国際漆展銀賞
余談だが作家が「できることなら朝から呑みたい」と語る口調は、さながら水滸伝や三国志にでてくる英雄豪傑のようでもある。みめ麗しい女性ではあるけれど。