アレックス・ボールAlex Ballは1985年、ロンドンから北西に約100キロ離れ、約20万人が住む地方都市ノーサンプトンに生まれました。その穏やかな町(私は偶然にも十年ほどまえ、レンタカーで英国を一周旅行した際に一泊しましたが、ゆるやかに起伏のある土地に、緑豊かな住宅街が広がっていました)で大学を卒業したかれは、ロンドンのセントラル・セントマーティン美術大学に進学します。在学中には写真も勉強しましたが、興味は次第に古典芸術に向かっていきます。アレックスは中世や近代の西洋美術、カラバッジョなどの美術書を愛し、ジャン・カルロ・カルツァの著した北斎の浮世絵に学びます。
アレックスには、実物の作品はもちろんのこと、その作品の感動を伝える美術書に転載された作品に、ある天啓を受けたのです。自分はこの美術書にはめこまれた珠玉の名作を、そのサイズで表現していこう、と。こうしてアレックスの細密表現が生まれました。
そしてかれが使うモティーフには、アンティーク家具や装飾品の一部など、英国的な感覚も盛り込まれながら、意味の束縛を解放した、物体そのものの形態や色彩が放つ魅力を、おとぎ話を物語るように伝えていきます。ときおり作品に登場する人体ですら、意思を持った人間としてではなく、骨格と肉片、オブジェとしての生々しさを伝えるアイテムとして画面に暗号を刻むのです。決して無理強いせず、控えめに、もの静かにたたずむアレックスの作品には、21世紀という情報化社会に、古典への憧憬を求め悠久の時間を組み込んだ、正統派イギリス美術の現代版ともとらえられるでしょう。母国では昨年、最も期待される若手作家を選出するカトラン・アートプライズで、グランプリを受賞しています。YBAやターナー賞にみられるような、キッチュでポップな、あるいは観念的、形而上学的な現代美術の世界や、バンクシーのような反逆性をもった芸術が隆盛したロンドンのアートシーンから、このような画家魂をもった作家があらわれるのは、非常に興味深いところです。
9月26日から10月31日まで開催されるeitoeikoでの展覧会『明月記 Ever Bright Moonlight』では、アレックス・ボールの最新作6点を展示いたします。この機会にぜひご高覧ください。
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