萩尾望都の『ポーの一族』の新章の連載がまた始まるので、
いそいそと『月刊フラワーズ』の最新号を買ってきたが、
扉を開いてみたら、巻頭カラーのその『ポーの一族』の左下のページが内側に向かって三角に折れ曲がっていて――ページに印をつけるために紙の端を上で折り曲げるのを、下でやったみたいな感じ――あれ、折れている、と思って開いてみたら、それはただ折れていたんじゃなくて、裁断ミスで、通常より紙幅が大きくカットされてしまったために、その余分な分が納まるように、たぶん機械かなにかで自動的に折りたたまれてしまっていたんだった。
なので、その三角になっているところを開いたら、本来は通常の読者は目にすることのない、断ち切り画面の先に描かれていた細かい部分が見られてしまって、あの、アランが入っているという茶色の革カバンの留め金を、一つよけいに目にすることができたのだった。
で、これはどうしようかな、とは思ったけれど、不良品とはいえむしろこの場合は得したうちに入るかもしれないので(なにせ、本来目にすることができないはずの部分が見られたのだから。自分は萩尾望都のファンだし)、本屋さんに取り替えてもらいに行くのは控えていたんだけど、四、五日前に、今度はある小説を文庫本で読んでいたら、本屋で手に取った最初の時から、なんだか切り口がざらついていて裁断が雑だな、とは感じていたものの、読み進んでいくうちに、ある一ページがやっぱり一部分だけ全体の紙幅からはみ出ているのに気づいたのであった。でも、これは1ミリもあるかどうかもわからないはみ出し方だったんで、勝手に内側に折りたたまれることもなく、しかしページを繰っているとつい指で圧迫してしまうのか、読んでいるうちに余分な部分が破けてきてしまっている。
この、裁断ミスの現象に二度出くわしたことが、
後に引いたタロットカードの逆位置の解釈につながったのだった。
すなわち、逆位置は「過剰」か「不足」のどちらかを表す(という考え方がある)けれど、
この場合は明らかに「過剰」。裁断ミスでページが欠けていたんではなくて、はみ出ていたんだから。
それは、ペンタのナイトを引く一つ前の話で、夏至の一日前にある件に対する予測として出たカードのことだった。
だから、この間逆位置で引いたペンタのナイトも「不足」による「遅延」を意味するよりも、
「過剰」による「暴走」を表わしているのだろうと思ったのだけど、
それでもまあいいや、と思って暴走馬に乗ってみようとしていたのに、
あんなおっとりした道産子の写真展に引き寄せられていってしまうようでは、実は「もたつき」のほうを表わしていたのかもしれない。
それとも、このままだと暴走してしまいそうだから、と、お馬が味方になって、お馬の後ろにいるなんかが、どうどう、とでもいうように制御してくれた、ということなのだろうかね。
そういや、『ポーの一族』の新章のタイトルは、ふと気がつけば『ユニコーン』。
炭化したというアランをエドガーがカバンに入れて持ち運ぶところは、
なんだか、80年代のB級ホラー映画の『バスケット・ケース』を思い出させてしまうけど、
ユニコーンが象徴となると……なんか……頼りないよね……。