今日2月19日は、二十四節気でいう"雨水"だから、
その節気名を店店にしていた、
今はもうすでにない、阿佐ヶ谷の隠れや的喫茶店<雨水>について少し語っておきたいと思う。
ここは喫茶店好きの私が初めて足を踏み入れた際に、
「私が今まで"好き"だと思ってきた喫茶店に対する、その"好き"という気持ちは全部うそだった!
こここそが、私がほんとうに"好き"なお店!」
と思ったほど、シックで、落ち着いていて、くつろげる空間だった。
木の机と椅子による焦げ茶色の内装と、ランプ風のスタンド。
一目で考え抜かれてしつらえられた店内だということがわかる。
そもそも、狭い階段を上って店のあるニ階に上がっていっても、
扉が曇りガラスで中のようすはいっさいわからず、
それでも、思い切って重たい扉を開けて中に入ると、
バーテンダーのような身なりのきちんとした感じの男性の店主が立ち上がって迎えてくれて、
コーヒーを出した後はさりげなく「ごゆっくりどうぞ」と言ってくれた。
店内はおもしろいことにPCを持ち込んで使うことは禁止で、
来る客もみんなそんなお店の趣旨を心得ているのか、
私の後に訪れた人たちはみな、カップルでさえ小声で話す人たちか、一人静かにしている人たちばかり。
私はそこで一時間ぐらい、持ってきた本を読んで過ごしていたのだけれど、
店を出た後は静けさに浸れたことですっかりほっとして、
ふだん自分がどれほど気ぜわしい気分で毎日を過ごしているのかがよくわかったのだった。
で、こんなにもすばらしい空間を作り出した店主に深々と敬意を感じ、
あまりにも敬意を抱き過ぎたため、かえっておいそれとは通えなくなって
(通って気味悪がられてもいやだと思ったし。
なんだか、ほんとうに好きな人とは口もきけないっていう、あれみたいですね)、
なんと、<雨水>のことは常に頭の隅に置きながらも、
閉店するまでの二年ほどの間に、たったの三回しか通えなかったっていう愚か者。
そんなもんで、実は去年の夏に閉店していたのを知ったのも年が明けてからで、
お正月に、そうだ、<雨水>が開いているかも、と出かける前にネットで調べた時に初めて知ったのだった。
ああ~、遠慮しないでもっと好きなだけ通っていればよかったあ~!
……と、後悔してももう遅く。
まあ、ここのブレンドは店主の考えでわざと苦めにいれてあったので、
珈琲自体は私の口にはちょっと合わなかったし、
ふだんケーキを食べたいと思うことがあまりないので、ここのケーキを食べたのもたった一回きりだったけど、
それでも、あのような日々のせわしなさから逃れられる、落ち着いた空間を創出し、もてなしのなんたるかを知って、人々を黙々と迎え続けた<雨水>と、その店主の心意気には敬服せざるを得ない。
ほんとうに、雪が雨に変わって寒さの和らぎ始める頃を意味する"雨水"という店名のとおり!
すばらしい喫茶店だった!
いかなる事情があってお店を閉めることになったのかは私にはとうていわからないけれど、
もしどこかで<雨水>を作ったあの人がお店を再開させることがまたあったとしても、あるいはなかったとしても、
阿佐ヶ谷の、あの古びたビルのニ階にあった<雨水>という存在は、私も含めてこの先も、その店を訪れたことのあるあらゆる人々の心の中に生き続けると思う。
直接、店主さんには伝えることができなかったけれど、心の底からありがとうと言いたい。
で、写真は<雨水>で一度っきりしか味わえなかった、店主さん特製のポピーシードケーキ。