Sightsongさんの日記
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2012
4月
23
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『こわれゆく女』クロスレビュー:感情の奔流と「私」
土木工事労働者ニック(ピーター・フォーク)と、その妻メイベル(ジーナ・ローランズ)。メイベルは、溢れ出る感情をとどめる術を知らない。人への愛であったり、からかいであったり、憎悪であったり。感情を受け容れる者がいないと、メイベルは暴走を始める。周囲の者は、それを狂気とみなす―――夫のニックを除いては。ニックも感情を時に爆発させ、しかし、どんな時でもメイベルを抱擁する。このことが確信に変わるラストシー...
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2010
4月
16
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強靭な想像力、石ノ森の映画的センス
とんでもない物語だ。粘着質に、執拗に提示され続ける様々なエログロのクリーチャーたち。しかし、明らかに、内なる「何ものか」と闘い、耐えながらにして想像力を萎えさせず生み出された存在なのである。仮に自分が作者であったなら、それは狂気との闘いであろうなと想像する。つまり、天才の所業だということだ。 この破天荒で奇天烈な物語に、石ノ森章太郎が挑んだ。彼の漫画には(そしてテレビにおいて石ノ森が演出した...
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2010
3月
03
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ノマドロジーという移動性と偏在性
映画は、チャンドマニに住む名人・ダワージャブのホーミーからいきなり始まる。びりびり震える低音と、鼓膜に刺さるようなキーンという高音とが相応し、インパクトが大きい。 なぜそのような場所なのか。本物のホーミーは都市ウランバートルからは消えてしまい、それだけでなく、モンゴル内の地域によっても濃度が異なる。いやそれは結果論に過ぎず、登場人物の言う「ホーミーは遊牧民のもの」と看做すべきなのかもしれない...
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2010
1月
16
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いい意味でも悪い意味でもなく、俗の映画
手前勝手で支離滅裂な妄想を脈絡なくつなげあわせるという作品である。 奔放な女、南国での破目を外した生活、金持や企業のお偉いさんという格差の肯定、『サラリーマン金太郎』的な企業戦士ぶり、エロ、破滅、敗れた恋愛、待つだけの女、若い過ちへの後悔、父親に反発して家を出る息子、・・・すべてのパーツが揃っている。 村上龍の『ラッフルズホテル』や『トパーズ』を思い出した。この映画の中でも中山美穂が「...
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2009
12月
27
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子どもの内的宇宙は無限大
森の中へと入っていった2人だが、ユキはあえてニナとはぐれ、本能の赴くままに森の中を歩き続ける。と、いきなり開けた場所は日本の田園風景。 何の予備知識もなしに観た映画だが、傑作であり、怪作と言ってもいい。台詞はほとんど即興(子どもも!)。無限大の内的世界を持った子どもが蠢く、無限大の存在を孕む森。ノスタルジックでメルヘンチックなおとぎ話を想像して入ると、思わぬ衝撃を受けるに違いない。 ユキ...
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2009
11月
28
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貨幣経済とコミュニティについて考えさせる作品
一見、美しい地域における貧しいながら誠実な少年の成長物語、といった体裁だ。 もちろん皮肉ではない。特異な風景という意味では、広大な塩湖という映像は圧倒的だった。そこで塩を切り出す仕事を手伝い、学校に通い、友だちと遊ぶ少年の姿は、詩的でさえあると思った。特に、妹が落とした人形を探しに走って行くときの、広い広い中のちっぽけな大事なものを描き出す描写は、とても印象的だ。 しかし、この美しい物語...
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