アメリカ映画の学園ものなら、ラブコメ、サスペンスを含め日本国内でも数多くの作品が紹介され、上映されてきた。しかしそれが、フランス映画で、となると、今まであまりなかったのではないだろうか?また、アメリカ映画に比べると、フランス映画はひねりが利きすぎて理解しにくい、といった先入観をお持ちの人もいることだろう。
そして、学園もの・青春ものというと、我々日本人についていうならば、その世代別に時代背景や人気俳優が決まっており、思い入れの作品はくっきり分かれてしまいそうだ。つまり、違う世代の作品は、あまり観る気がしないのではないだろうか?
しかし、そんなフランス映画のイメージを覆しつつ、どの世代でも見入ってしまえる学園映画がある。それがこの『消えたシモン・ヴェルネール』だ。
メインの登場人物となる高校生たちは、どこかとんがってて、でも自信はありそうでない。大人でもなく子どもでもなく中途半端な思春期ならではの、不安定さ。親友同士であったとしても、裏切りの気配も見え隠れしお互いに信用しきれない心の闇を抱えている…。(今や大人の我々もかつてはそんな時期があったはず。)
この作品は、こうした思春期特有の危うさだけでなく、彼らに関わる教師たちの影をもちらつかせて見せる秀逸のサスペンスなのだ。
物語のテーマは、クラスメイト・シモンの失踪に続く一連の事件。シモンをはじめ、彼と交際していたクラスで一番人気の美少女アリス(アナ・ジラルド)とその親友、そしてこの物語の中心となる男子生徒ジェレミー(ジュール・ペリシエ)。「つまみもの」のラビエとその父である物理教師。さらに、シモンとジェレミーが所属していたサッカー部顧問との関係を、交差させながらストーリーは展開していく。
さらにこの一連の事件は、ジェレミー、アリス、ラビエ、シモンのそれぞれ4人の視点を通して異なる時間軸で描かれるのだが、決して複雑ではない。いつの間にかに観ている側も彼らに感情移入し、物語の中に引き込まれてしまっている。
それは、アメリカのオルタナティブ・ロックバンド、ソニック・ユースが手掛けた楽曲『Schizophrenia(スキゾフレニア)』によるところも大きいだろう。このタイトルを直訳すると「統合失調症」。まさに登場人物たちの心の状態を言い表しているといえ、光と影を巧妙に操る映像美に、この鮮烈なサウンドが見事に重なり合い、観る者の心をとらえて離さないのだ。
言い替えれば、『消えたシモン・ヴェルネール』は、「誰の心にも突き刺さる、アメリカ的なフランス学園サスペンス映画」といえよう。(文:平楽桂代)