2010-08-28

【『ベンダ・ビリリ~もう一つのキンシャサの奇跡』クロスレビュー】 このエントリーを含むはてなブックマーク 

    2004年12月、コンゴ民主共和国の首都キンシャサ。深夜の町には沢山のストリートチルドレンがいる。彼らは、かっぱらいやタカリなどて、生きている。人から盗んで生きていくのが、ジャングルの掟だと、一人の少年は言う。
    2005年5月、同じ場所に、自転車やバイクを改造した車椅子に乗った男たちが、集まって来る。リーダーの男はリッキー。パパリッキーと呼ばれる障害者の自分達が生きていくために、バンド、スタッフ・ベンダ・ビリリを作っているのだ。彼らは、幼い頃ポリオに感染して障害者となった。身体障害者シェルターで暮らしている。そこには彼らの家族も暮らしているが、皆路上生活とほとんど変わらない生活だ。キンシャサの子供たちは、子供同士博打をし、その日暮らしだ。そんな子供たちに、音楽で生計を立てる術を教えるリッキー。彼らの歌のテーマは、日常の生活から生まれた力強いメッセージだ。トンカラ(ダンボールのこと)の上で、寝起きする生活を歌った“トンカラ”、自分たちのようなことが起きないように、母親に幼児にポリオのワクチンを飲ませてくれと言う“ポリオ”、ギタリストのココが歌うコンゴの大河プールマレボ(?)の両岸で別れ別れに暮らす妹を歌った歌“マルガリータ”
    ある夜、ドキュメンタリー映画のクルーは、空き缶と一本の木と針金で出来た自作の楽器を演奏すことで、生きて行こうとしている13歳の少年ロジェに出会い、リッキーに紹介する。リッキーは、俺が時間を掛けて仕込めば、ロジェが将来優秀なリード・ギタリストになるだろうと言って、メンバーに加えた。彼らのリハーサルは、キンシャサ動物園だ。
     レコーディングが始まった。馴れないスタジオでの演奏は、メンバーを緊張させ、失敗を繰り返す。更に、シェルターが火事になり、リッキーたちは焼け出され、路上生活に逆戻りだ。日々の生活もままならず、レコーディングスタッフは、残りの予算をリッキーに預け、フランスに一時帰国する。ロジェも、故郷の村に帰った。
     1年後、レコード会社からの支援をこぎつけたスタッフが、キンシャサに戻ると、リッキーたちは、煙草や菓子を売る屋台で生計を立てていた。その年は、ジョセフ・カビラの大統領選挙が行われている。
     再び、メンバーを集め出すリッキー。ロジェを探しに出るが、車でも辿り着けないような場所だ。しかし、成長したロジェが、小舟に乗ってリッキーの前に現れた。レコーディングが再開された。今回は、いつもリハーサルをするキンシャサ動物園でスタートした。
夜、蚊の大群に悩まされながらも、素晴らしい演奏が録れた。一年のブランクを感じさせない集中力で、彼らの1stアルバム「屈強のコンゴ魂」が完成した。
  アルバム完成記念コンサートが、キンシャサのフランス系会場で開かれ、大成功を治め、800ドルのギャラも入った。リッキーは、メンバーにギャラを分配する。ロジェには、主要メンバーと同じ80ドルを渡し、入院中の母親の治療費を払って退院させてやれと言う。次は、いよいよ、海外ツアーだ。2009年7 月、フランスで行われたユーロックフェスだ。パスポートも、飛行機も、勿論海外も初めての経験だ。口々に自分たちの音楽への自信を語りながらも、緊張した表情のベンダ・ビリリのメンバー。
  大歓声で迎えられるベンダ・ビリリ。その後は、ヨーロッパ各地のツアーで成功していく姿が描かれていく。

  何だか、彼らの姿と音楽を論評するなんておこがましいような気がしてしまう。結局、レビューの締切を守れなかった。
  ただ、言えることは、彼らの来日公演を何としても見に行くことと、世界中にいるロジェが音楽に出会えることを祈り、何か自分に出来ることはないかということだ。

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松本哲也

ゲストブロガー

松本哲也

“専門学校非常勤講師、映像・音楽企画、自宅居酒屋店主”