軍事政権による独裁が続くビルマで、2007年9月に大規模な反政府デモが起こった。厳しい報道規制が敷かれる中、その様子は投獄のリスクを恐れないビデオ・ジャーナリスト(VJ)たちが小型ハンディカムで密かに映した映像によって、世界中に報じられることとなった。
本作は、VJが撮った膨大な量のビデオを、デンマーク人のアンダース・オステルガルド監督が再構築し、ビルマの現状をより広く世界に訴えかけるために作られた作品である。ドキュメンタリーだが、見ていると劇映画のような印象を覚える、少し異色な作風だ。“ジョシュア”という実在のVJが狂言回しの役割を担う再現映像を制作し、実際の映像素材をそれと組み合わせることによって、いかにも事件が刻々と進行していることのように見せていくのだ。一歩間違えると信憑性を損ねる恐れのある危うい手法だが、緻密に、慎重を極めて作られており、それは回避されている。今年のアカデミー賞にもノミネートされた作品だが、内容のよさのほかに、工夫や努力も認められてのものだろう。ともかく驚きを覚えながら引きずり込まれてしまった。
2007年のデモの発端となるのは、政府による燃料価格の引き上げである。政府の報復を恐れて行動を起こすことを避けてきた民衆も、生活のあまりの苦しさについに悲鳴を上げる。すると、政治にはこれまで関与してこなかった僧侶たちが立ち上がり始めた。ビルマは敬虔な仏教国であり、仏教において暴力は禁忌。僧侶たちが盾となれば軍も手出しはできない。
朱色の僧衣を着た2000人の僧侶が整然と歩を進めると、それに勇気を得た民衆が合流し、数十万人規模のデモとなる。VJによる撮影を拒んできた人々が、希望に満ちた表情で活き活きと被写体になり、その映像がさらに民衆を盛り立てて運動はどんどん波及する。高揚感に胸が熱くなる。このまま民主主義が勝利することを、誰もが信じていたはずなのだが……。
運動が高まりを見せても軍は譲歩の姿勢を一向に見せず、一触即発の空気が濃厚になっていく。主人公のジョシュアが、緊張感に音を上げそうになる仲間に言う。残酷なようだが、誰か死者が出なければ事態は終息しないだろう、と。切羽詰まった軍政が強硬手段に出れば、そのときは国際社会からの非難も抑えられないものになり、解決がもたらされるだろうと悲壮な希望を抱くのだ。だが軍はあっけなく一線を越えてしまう。僧侶たちの朱い僧衣を剥ぎ取ってどこかへ連れ去り、デモ隊に対して発砲する。そして日本人記者の長井健司さんが凶弾に命を奪われる……。残酷な映像に震えが起こる。そして結局そんな決定的な事件が起こっても、軍の横暴は治まらなかったのだ。弾圧が一層強まる中、人々はいまだに恐怖の中で暮らしている。
しかしVJたちも命がけの活動をやめはしない。今自国で起こっていることを伝えなければというジャーナリストとしての本能や欲望が彼らを動かすのだろう。さらにネットなどの技術が発達し、それを操作する術を彼らが身に付けている今、むざむざこれを捨てて逆戻りとはいかないのだ。道は険しいだろうが、彼らが勝つ日はきっと訪れる。そう願ってやまない。問題は私たち情報の受け手が、それによってどう意識を変え、行動するかということのほうかもしれない。
一方で、情報の発信が身近なものになることは、情報の精度が落ちてねつ造が起こりやすくなることに繋がるという、報道自体が今直面する問題についても考えさせる。映画の中では、VJたちの報道はあくまでも事実そのものを伝えるものとして描かれているが、情報操作が行われる場面として、ビルマ政府が海外の放送局の報道はウソだと糾弾し、規制するシーンが出てくる。また前述したようにこの映画は再現映像と実際の映像を緻密に組み合わせた作りになっているのだが、あまりにスムーズに融合しているために、どうしても胡散臭さを感じる部分がある。そんな報道の抱える弱点を描くのも込みの作りなのだろうが。
ともかくさまざまな角度から報道や言論の自由を考えさせてくれる本作、真摯に受け止めたい。
私はこの映画を明治学院大学国際平和研究所という機関が主催する試写会で見せてもらった。学生も多く参加しており、私の隣の席にも男子学生ふたり連れが座った。離れた席の仲間たちと大声で会話し出すような傍若無人ぶりに、上映中落ち着きがなかったりしないといいけど……、などとちょっと心配したものだったけれど、映画が始まったらスクリーンに集中しているのが伝わってきた。学生がデモの中心となって活動する海外の現状を目の当たりにして、受け取るものは大きかったのではないだろうか。
アメリカでの配給権を獲得したのはビースティ・ボーイズだ。ほかジェーン・バーキンなど人権活動家としても知られる著名人たちが賛同の声を寄せている。
内容は重いけれども分かりやすい語り口で描かれ間口の広い作りとなっている本作、若い人々にぜひ見てほしい。日本の社会も閉塞感を感じさせるものではあるけれど、世界にはもっともっと根源的な解決すべき問題がある。そんなメッセージは若く素直な心に強く響くだろう。