2009-11-10

視ること:サンプル『あの人の世界』 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 松井周が主宰する劇団・サンプルの公演を初めて観た。無味乾燥な響きのその劇団名のとおり、無作為に抽出した事象をそのまま並べたような抽象的でまとまりない作品と思わせながら、個々の熱情がいつの間にか狂おしいうねりをなしていく。かなり衝撃的な作品だった。
 傾斜のついた大きな白い三角形がふたつ組み合わされた斬新な舞台。開演時間が来て役者が現れるのを待っていると、そのかなり上方、天井近くに組まれた鉄骨を男女が歩いてくるのにさらに意表を突かれる。この「上の世界」では、飼い犬を亡くした倦怠期の夫婦の生活が繰り広げられ、「下の世界」は死者の棲む墓の下? 奇妙な住人たちがうごめく混沌の異界だ。
 死者の世界が生者の足下にあるというのは、既成のイメージを壊してくれるもの。だけど上の世界での夫婦の不毛なやり取りを聴いていると、なんて現実世界って空疎で浮ついたものなのかと嘘くさく思えてくる。一方様々な人の想いを抱えて死んでいった人たちの世界は重みを持ち生々しく、ドロドロとエネルギッシュだ。
 ステージを自転車でビュンビュン走る深谷由梨香が愛らしくて痛ましかった。夫婦の死んだ愛犬キクであり、誰かの探し人であり、下の世界でのダンサー仲間にとっては手軽なセックスフレンドであり……。一方的な欲望を一身に受け、吊るされてまた死んでしまう。いけにえのように超然として美しかった。
 スピリチュアルがブームになり、生者と死者の境が薄れてきていると感じることも多い昨今だが、そんな曖昧な現代社会をシニカルに眺めつつ、死者への尊厳を描きたい想いも松井にはあったのではないだろうか。「あの人」という優しい響きにそれを感じる。天と地と地下とが自在に交流し合う舞台の爽やかな崩壊感に、たまらない気持になった。

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深谷直子

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深谷直子

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