<キャメロン監督、3D版リメークは「見当違いのブーム」>(http://www.asahi.com/showbiz/enews/RTR201003260028.html)の記事に同感の書き込みをTwitterにして思い出した「日本版ニューズウィーク」に載ったキャメロンとピーター・ジャクソンの3Dをめぐる対談記事。とても興味深い(&的確な現状分析の)内容になっている。
<『アバター』×『ラブリーボーン』対談/JAMES CAMERON, PETER JACKSON>
http://newsweekjapan.jp/stories/movie/2010/03/post-1072.php?page=1
『タイタニック』のキャメロン監督は超大作『アバター』で3Dの新境地を開き、『ロード・オブ・ザ・リング』の名手ジャクソンは『ラブリーボーン』で死後の世界を描いてみせた。2人が考える映画の神髄とは。
[2010年1月27日号掲載]
・ジェームズ・キャメロン:『ラブリーボーン』のプロモーションツアーはうまくいってる?
・ピーター・ジャクソン:まあまあかな。いつもより時差ぼけがひどいんだけど、これは年のせいだ思う。今いる場所は......ええと、ベルリンだ。
・キャメロン:自分がどこにいるのかすぐに分からないのか(笑)?
・ジャクソン:そうなんだ。この電話対談が終わったら、すぐパリに移動する。それで、今日のテーマはテクノロジーと映画だよね?
・キャメロン:最先端の映像を生んだイノベーターということで、私たちはよく映画製作の未来について質問される。簡単に言えば、映画作りの基本は今もこれからも変わらない──これが私の答えだ。映画はストーリーがすべて。人間が人間を演じてこそ映画、俳優のクローズアップがあってこそ映画だ。俳優はせりふを口にし、演技で観客の心の琴線に触れる。この映画の在り方が変わるとは思えない。100年前からずっと変わっていないはずだ。
・ジャクソン:映画産業はおかしなな状態になっている。ハリウッドだけじゃない。世界的な傾向だ。独立系の配給会社や映画専門の金融会社が消えて、中規模の作品が製作できなくなった。スタジオは超大作が頼みの綱で、最近ではヒットが見込める映画といえば、莫大な予算の超大作ばかりだ。つい3、4年前までリスクが大きいと敬遠されていたのに、09年の夏は超大作のオンパレードだった。どれも相当な製作費を投入して、軒並み好成績を挙げた。作品の質とはほとんど無関係に、どの映画もヒットした。一方で、業界は小〜中規模の映画をヒットさせる能力を失ってしまった。
・キャメロン:今の業界には、例えば『アバター』のような映画を作るガッツもないね。『アバター』は超大作だが、ストーリーはオリジナルだ。過去4年間に公開された超大作は、どれも原作があるかシリーズ物。『トランスフォーマー』も『ハリー・ポッター』も『スパイダーマン』もそうだ。超大作をストーリーから作るという発想がなくなってしまった。そうこうしている間にもテクノロジーは進化する。昔ながらのやり方では、超大作の製作費はなかなか調達できない。しかも近い将来、最新テクノロジーの価格が下がる見込みは薄い。
[テクノロジーは映画の救世主になれない]
・ジャクソン:みんな、製作費を下げることに固執し過ぎている。CGに掛かる費用の大半は人件費だ。人件費が安い中国や東欧の工場にでも仕事を委託しない限り、人件費は下がらない。実際には上がる一方だ。
・キャメロン:美しい映像を作るのはコンピューターじゃない。人間だ。君が(ニュージーランドの)ウェリントンで設立した視覚効果スタジオのWETAデジタルでは『アバター』のスタッフ800人が半年間、骨身を削った。
・ジャクソン:過労でぶっ倒れたスタッフを除いてね。
・キャメロン:数日前に最後のシーンが完成した。あの晩のウェリントンのパブはさぞ繁盛しただろう。
・ジャクソン:スタッフの机の下に枕や寝袋が転がっていたな。マスコミがテクノロジーに向ける関心は、ピントがずれている。やれ「映画産業が危ない」とか「3Dは映画を救えるか?」とか。まったく見当違いだ。映画産業は確かに危ない。でも、それはテクノロジーとは無関係だし、テクノロジーが映画の救世主になるとは限らない。
・キャメロン:救世主にはなれないだろう。しかし、3Dという「イベント」に引かれて劇場に集まる観客は増えるかもしれない。映画の醍醐味は集団体験にあると思う。暗い劇場で身を寄せ合い、映画に泣いたり笑ったりして、「よかった、みんなと同じリアクションだ」と安心する。映画観賞は「私の情緒はまともだ」と再確認する1つの方法なんだよ。
・ジャクソン:「まともじゃない」と再確認することもあったりして。
・キャメロン:400人のなかで笑っているのが自分だけだとしたら、まともじゃないね。ともかく、そんな体験が変わるとは思えない。映画をダウンロードしてノートパソコンやiPodで見るスタイルが定着して、ずいぶんになる。しかし、新しいメディアの普及と反比例するように映画館の収益が落ちているわけではない。私が映画界に入った80年代前半は、ひどい不景気だった。劇場はビデオに儲けを奪われ、映画産業は青息吐息。まさに激動の時代だったが、やがて業界は安定を取り戻した。激動というのは、いつの間にか落ち着くものなんだ。映画は生き残るのか、それとも消えるのか──これが肝心な問いだ。しかし、映画が消えそうな兆候はないし、君と私は10年、20年先も自分が好きな作品を撮り続けているはずだよ。
[誤解されるモーションキャプチャー]
・ジャクソン:同感。最近は配給や配信手段が多様化していて、これが面白い。例えば「Xboxライブ」は映画配信もするオンラインゲームサービスで、莫大な数のユーザーを獲得している。もうすぐ独自の映画コンテンツも製作し始めると思う。チャンスはたくさんあるんだ。それなのに映画界は守りに入っている。勇気を奮って攻めに出ようとする人間はあなたくらいだ。
・キャメロン:世間の常識では、批判を物ともせずに新世界へ飛び出す人間をパイオニアと呼ぶんだ。いずれにしろ、3Dは定着するだろう。映画が白黒からカラーに変わったときと似ている。映画に色が付いたからといって、キャリアを断たれた俳優はいない。やがて観客と映画との一体感を高めようと、ラブストーリーやシリアスドラマに3Dを使う監督が出てくるだろう。今のところ、ハリウッドの大手は夢にも思っていないようだけどね。
・ジャクソン:私は10分以内にそれが3Dだってことを忘れてしまうと思う。いい意味でね。3Dの問題点は映像の暗さだけだ。それも技術的問題にすぎないから、簡単に克服できると思う。
・キャメロン:もう克服した。明るさの問題は技術的に解決している。とてもいい映像になったよ。
・ジャクソン:3Dに眼鏡が必要じゃなくなるまで、あとどれくらいかかるのかな?
・キャメロン:ノートパソコンや、やや小さめのプラズマディスプレイのサイズでうまくいったのを見た。画像が二重に見えないようにするには、自分の頭を正しい位置に持っていく必要がある。でも、みんなきれいな画像を見るためにディスプレイを動かすのには慣れている。それと同じことだ。3、4年後には、眼鏡なしで3D映画を見られるiPhoneができるんじゃないかな。もちろん、その前にノートパソコンで見られるようになる。最初に売れるのは眼鏡を使えるようにしたディスプレイだろう。使い捨ての眼鏡をたくさん用意して、家でスーパーボウル観戦パーティーもできる。次に眼鏡なしで見られるものが普及するだろう。5年以内にそうなると思う。
・ジャクソン:今はまだモーションキャプチャーは誤解されている。
・キャメロン:君の『ロード・オブ・ザ・リング』の第2部、第3部に登場したゴラムはモーションキャプチャーの最初の成功例の1つだね。映画の世界に新しいアイデアが突然出現して、人間以外のキャラクターも魂を持てるようになった。
・ジャクソン:ゴラムとキング・コングで肝心なのは目だった。これまでのCG映画史上で最も素晴らしい目になったと思う。
[もう1度『タイタニック』を作るとしたら]
・キャメロン:感情の籠もった演技を生み出せるどうかは目に懸かっている。目をどんなふうに動かすか、目にどんな照明を当てるか、目の中の光の反射と屈折をどう捉えるかが大切だ。もちろん、わざと目の大きいキャラクターにした。『アバター』のキャラクターはメーキャップでは不可能だ。メーキャップによる方法は、この30年間に『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』でやり尽くされている。それでも、キャラクターは俳優の演技で作られるものだ。メディアはそれを観客に伝えてほしい。『アバター』に登場するネイティリは、100%女優のゾーイ(・サルダナ)が作り上げたものだ。最初は技術的なことを秘密にしておこうと考えた。カーテンを開いて手の内を見せたりせず、マジックを楽しんでもらおうと思っていた。でも、最近になってちょっと考えが変わった。映画の中のネイティリとゾーイの演技を並べて見て、肉体と顔の表情の演技を理解してほしい。ゾーイは何カ月もアーチェリーと武術の訓練を受けて、体の動かし方と優雅さを身に付けた。彼女自身が作り出したものがキャラクターに投影されているんだ。
・ジャクソン:俳優は絶対に替えの利かない存在だね。将来はコンピューターが作ったキャラクターのほうが好まれるだろうなんて、そんな考えはどうかしてるよ。これまでは顔に特殊メークを施してやっていたことを、モーションキャプチャーでもっと感情豊かに表現できるようになった。それは素晴らしいことだ。でも、俳優を使わずにコンピューターで一からキャラクターを作り上げるのは、お金が掛かり過ぎる。俳優を使うより20倍は高くつくだろう。
・キャメロン:もう1つ、あまり話題になっていないが、コンピューターは俳優の年齢を変えることもできるね。メークだと年寄りに見せることはできても、若く見せるのは難しい。大河小説のような映画に40代の俳優を使うとすると、15歳から80歳まで同じ1人の俳優に演じてもらうことができる。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』みたいな映画の場合だ。クリント・イーストウッドは『ダーティハリー』をもう1本作れる。70年代そのままの若さでね。どんな演技をするかは彼次第だ。声も今の彼の声でいい。私たちはそれを30歳若返らせるだけだ。
私がもう1度『タイタニック』を作るとしたら、まったく違うやり方をするだろう。長さ200メートル以上の巨大セ
ットはもう要らない。小さな部分セットをいくつか作って、CGで一体化する。キスシーンのために完璧な夕焼けを1週
間待つ必要もない。緑のスクリーンの前で演技を撮影して、夕焼けは別に選べばいい。
[CGよりストーリーが求められる時代に]
・ジャクソン:まだみんなが気付いていない素晴らしい方法がたくさんあるね。問題はテクノロジーに関心が集まり過ぎていることだ。映画業界が悪いのかもしれない。ストーリーより技術的なことばかり強調している。このままだと、ストーリーがつまらないのも脚本が悪いのもCGのせいだということになる。映画の質が落ちたのもCGのせいにされてしまう。CGでも既にあらゆるものが出尽くしたね。恐竜も異星人も出たし、『アバター』では本当にリアルな生物も出てきた。これからはCGへの興味よりも、再び優れたストーリーが求められる時代になると思う。ここしばらく、みんなすごいおもちゃに夢中になって、ストーリーがおろそかになっていたかもしれない。
・キャメロン:君の言うとおりだよ。『アバター』の宣伝のとき、最初は映画ファンの興味を引こうとしてイメージばかりの予告編を作ったんだが、見た人は欲求不満だった。そこでストーリーを中心にした予告編を作り、主なキャラクターや背景についても説明したら、注目度がいきなり高まったんだ。この映画のマーケティング戦略の例を見ただけでも、ストーリーの大切さがよく分かるはずだ。