「華氏911」以来、マイケル・ムーアという人は大のブッシュ嫌いであり共和党嫌い、というのを声高に叫びたがることはわかってはいたが、この新作ではそれがさらにストレートに表現してみせている。レーガンやブッシュがやってきた経済政策がここにきて一気に崩壊し、リーマン・ショックが起こり、現在のアメリカの経済破綻が生じた、と映画全編にわたって主張していたのには、よくぞここまで噛み付くなあ、と感心させられてしまった。
しかし、この作品のムーアの主張の半分は、あまり的をえていない。と、いうのは、民主党政権のときだってレーガンの経済政策を踏襲していたこともあるし、ムーアが映画の中でしきりに問題にしていた、政府内にはびこる証券系や銀行系の連中に関しても、アメリカの政府は政権政党が変わってもそういった人間、組織と手が切れないほどに企業との癒着が蜜であることは世界中がわかりきっていることだ。それに言及しないで、経済政策は民主党系が良くて共和党系が悪い、というのはムチャクチャな論点だと思う。
それと、この作品で致命的なのはムーアが経済オンチであることだ。デリバティブがわからないのはいいとして、今の日本にとっても重要な規制緩和について、ほとんど素通りしてしまったのはいただけない。それが企業を悪い方向へ導き、企業に勤めている労働者をどれほど苦しめているかをもう少し突っ込むべきだったと思う。
結局、ムーア監督の共和党嫌いが進みすぎたこの作品は、「資本主義は嫌いだ」という主張ばかりの内容となっている。これも果たしていいのかどうか。現在の民主主義国家は、自由経済の上で成り立っている以上、資本主義が嫌いなんて言い方ではその国で暮らすことなどできない。だったら、資本主義とはどうあるべきか、という提言があればいいのだが、経済オンチのムーア監督にそんな提言はできなかったようだ。だったら、以前にムーア監督も見たらしい、アップリンクが以前に配給し公開したドキュメンタリー映画「ザ・コーポレーション」のほうが、はるかに資本主義や企業のあり方をきちんととらえている。ムーア監督は「ザ・コーポレーション」をもう一度見て、よく経済と資本主義を勉強すべきだろう。
と、ここまで批判的にこの作品について書いてきているが、私は映画全体をとても面白いと感じながら見ていた。それは何より、この作品は今のアメリカ映画にはない、庶民たちの気持ちを代弁し、庶民たちの視点からアメリカを描こうとしている、ムーア本来の立ち位置変わっていなかったからだ。「ボウリング・フォーコロンバイン」からムーア監督は、大都市部ではない、地方の一般庶民がどれほど苦難な環境にいるのかを伝えようとしている。今回も経済危機に対して、庶民がどのように苦しめられ、立ち上がってきているのかをきちんととらえていることは、大きく評価するべきだ。
日本のドキュメンタリー作家やメディアにたずさわる人の中に、果てしてこれほど庶民の視点に根ざした者がいるかどうか、私ははなはだ疑問に思っている。このムーア監督の視点を「ポピュリズム(大衆迎合主義)」と言うなら、それでもいいだろう。私はムーア監督が描いた「キャピタリズム」よりも、彼の「ポピュリズム」のほうが大好きある。