ブランコに乗り、揺られつつ、少女は独りつぶやくのだ。
「変えなければ、この肉体を」
そして彼女はひたすらに、電車の中を駈け抜ける。
車内の床を這いまわり、突如座席にもたれかかり、彼女は走り抜けていく。
そのまま街へ駈けていく。
そんな少女を追い回す、激しく手ぶれするカメラ。
やがてそこに映るのは、狂った笑顔を浮かべる少女。
彼女の名は「ゲロリスト」。
虚飾に満ちたこの世界に、たった独りで立ち向かう、孤独な反逆者。
あるいは底知れぬ苛立ちを、胸のうちに抱えこむ、悲痛な自爆テロリスト。
ある日、ある場所、どこかの公園。
彼女はひたすら嘔吐する。
白濁した液体を、吐いて吐いて吐きまくる。
それは彼女がため込んだ、何かに対する苛立ち?焦燥?
あるいは何かの象徴?か。
もしくは世界を拒絶する、断固たる意志表示?
口から何度もしたたり落ちる、白い雫。
ゲロ。胃液。吐瀉物。その他。
呼び名などはどうでもいい。
つまりは彼女がためこんだ、言葉にならない総てのもの。
ただそれをひたすらに、少女は今吐き出しているのだ。
「吐き出せ!吐き出せ!そのまま総て!
もっともっと吐きまくれ!
嘘にまみれたこの街に、お前のゲロをぶちまけろ!」
延々と映し出される、長回しの嘔吐シーン。
取り澄ましたふりをして、顔をしかめていたはずの自分。
いつのまにか彼女に同化し、内に秘めた総てのものを、ぶちまけたくなっている。
そんな誘惑に駆られている、己をふと自覚する。
公園の一角に、うずくまって吐きつづける、ただひたすら嘔吐する、少女。
やがてその吐瀉物は、ホワイトからイエローへ、徐々に色を変えていく。
「川の流れのように」、砂の上を流れ行くゲロ。
そして、場面は変わりゆき、再び電車の中を行く。
走り回り、のたうち回り、あるいは旋回するごとく、
時には床を転げ回り、少女は理解されぬまま、
ただ独り、反逆を試みる。
なにゆえに?
「腹が立つのよー!
なんだか訳分かんないけどさ、
毎日毎日腹が立ってしょうがないのよー!」
かつて観た、ある映画。
そこで一人の少女が叫んだ言葉。
それが今、『ゲロリスト』を観ている自分の中で、再びこだまする。
劇中の(時間にするとほんの僅かな)1シーン。
地下鉄のプラットフォームで、一人たたずむ少女の姿。
そのとき何故か僕には彼女が、
世紀末のTOKYOに突き落とされた、
一人の天使に見えた。
買ったばかりのアイスに一口、かぶりついた少女はすぐに、それを地面に叩きつける。
それだけでは我慢できず、持っていたバッグをも、地べたに叩きつける少女は、確かに何かに苛立っている。
そして彼女はあてもなく、夜の街を彷徨い始める。
やがて、通りすがりの男につかみかかった少女は、悲痛な声で絶叫する。
「アンタたち殺してよ!殺してよ!狂ってよ!ねえ、苦しめてよ!」
「いくじなし!ヒト一人も殺せないのかよお前は!」
「いくじなし!死んじまえ!バカ野郎!バカヤローーーー!」
「ふざけるな!」
「ね!ね?あんたたち殺せる!?
ちょっと!
アンタたち殺せるかって聞いてんのよ!
殺せるよねー、殺してよ!
お願いだから殺してって言ってるでしょ!」
そう叫び、泣き喚き、あたりかまわず周囲の人間に掴みかかる少女。
「誰か!誰かアタシ殺してよ!お願い!お願いだから!」
「あんた達、誰でも人間なの!?誰も殺せないような人間なんて!」
そのまま錯乱しながら、街を駈けぬけてゆく少女。
そして。
「バカヤロー!」
唐突な絶叫とともに映画は終わる。
ゲロリスト、お前は何に苛立つのだ?
何に戦いを挑むのだ?
それは今ここにある世界、あなたや私が存在している、まさにこの場所。
取り澄ましたこの街の、早朝五時の大通り。
その傍らにぶちまけられた残飯を、カラスが漁るその様を、見て観ぬふりして通り過ぎる、あなたがたの住む世界だ。
道端にぶちまけられた、誰かのゲロに顔をしかめるそこのお前!
その土手っ腹を、一筋ナイフで切り裂けば、
そこに詰まっているものは、
今あんたが顔をしかめた、まさにその吐瀉物だ。
人はみなゲロ袋。
一皮むけば。
あなたも。
わたしも。
それを知るが故にこそ、少女は走り、叫び、ゲロを吐くのだ。
汚辱に満ちたこの世界の、汚辱に満ちた己が放つ、その腐臭に蓋をして、のうのうと暮らす我々に、彼女はあえて「否!」と叫ぶのだ。
「バカヤロー!」
その一言で。