脈打つ心臓、あるいは何か得体の知れない異形のオブジェ。
冒頭に登場する、何の変哲もないタマネギ型のライトが、
そのように見えたなら、あなたはすでに彼の術中に落ちている。
福居ショウジン最新作、
『the hiding-潜伏-』は観る者の感覚を変容させ、
かつてない陶酔へと導いていく、
そんな力を秘めた作品だ。
本作では、ホワイトバランスを狂わせることで生じた異様な色彩に、
全編が貫かれている。
血のような赤、あるいは藻の繁殖した水槽の内部を思わせる緑、など。
後半に進むに従い、画面の色調は様々に移り変わっていく。
赤・緑・青緑・緑・赤・青・アカ・アオ・ミドリ・オレンジ…。
明滅するかのように変化していく色彩の中で、いつしかあなたは自分の内部で何か新しい感覚が目覚めていくことに気づくはずだ。
そして、そのとき、これまで観たどんな映画からも得られなかった陶酔が、あなたの全身を満たしているに違いない。
色と並んで『the hiding-潜伏-』の大きな要素をなしているもの。
それは「音」である。
福居ショウジンが、単に映画を構成する諸要素の一つとしてのみ、
音をとらえるような監督ではないことは、
『ピノキオ√964』などの旧作に触れたことのある者なら、
誰しもうなづけるだろう。
極端にいってしまえば、
彼にとっては物語よりも何よりも、
まず第一に「音」ありき、なのだ。
そして本作にもまた過剰なまでに、
様々な音が氾濫している。
電車の通過する音、
ドアを開閉する音、
キーホルダーの鈴の音、
チェーン・ロックをかける音、
手でカッターを叩く音、
カッターの刃を出し入れする音、
手帳のページをめくる音、
その他のあらゆる音・おと・オト…。
それらはときに登場人物のセリフをかき消すほど、
その存在を獰猛なまでに主張する。
そしてこれらの溢れかえる音の中で、
一際印象深く作品全体を貫いているのが、
主人公・鳴海の呼吸音だ。
不規則に、
しかし不思議なまでにリズミカルに、
劇中要所で響き渡るそれは、
この映画そのものが立てる呼吸音でもある。
そう、『the hiding-潜伏-』は、
冒頭からラストまで、
作品そのものが絶えず蠢き、呼吸しているのだ。
だとすれば、冒頭に登場するタマネギ型ライトは、
あるいはこの映画の内部で律動している心臓なのかも知れない。