従来の日本人の感覚だと「子が難病に侵された」ならば、全てを犠牲にして子の看病に尽くすことが美徳とされるし、そうでない親は非難されるに違いない。何もかも投げ出して、全てを看病に捧げること、そのこと自体は素晴らしいことだが、一切の寄り道も息抜きも許さない世間の目線に、当事者の親たちは果たして耐えられているのだろうか。
ここに登場するロメオとジュリエットは、そんな感覚とはかなり違う。
彼らは本物のロミオとジュリエットのように突然に出会い、当然のように結ばれ、そしてその名が示唆する通り悲劇が訪れる。だが彼らはその運命を嘆き悲しむことだけをよしとしない。決して運命に呑まれたくないという決意を見て取れる。
普通の親なら子の心配で疲弊してしまうのかもしれないが、彼らは違う。彼らは歌い、踊り、遊び、語り尽くす。その映像は全て躍動感を持って描かれる。そして次の日には決然として子の元に戻り、精一杯の努力を続ける。彼らの一体どこにそんなパワーが残っているのだろうか。
劇中でアメリカがイラクに宣戦布告する様子が出てくるが、人生に災難が降りかかる時も突然に宣戦布告されるようなものかもしれない。そしてその難題を乗り越えるためにまた、運命に対しても逆に宣戦布告していく2人。しっかりと自分たちの運命を、現実を受け止める覚悟が出来たからこその行動。悪いことが起こっても、それでも前を向いて走り続けなければならないのであれば、せめて自分達らしい生き方をしたい。そこに2人の人生に対しての強固なこだわりやポリシーが窺える。
全ては若さゆえに成し得る行為なのかもしれない。運命を受け止め、義務は義務として果たし、しかしながら自分たちに与えられた自由やポリシーは譲らない生き方。これからの新しい在り方となるのだろうか。きちんと線引きをしながらも、どんな結果も前を向いて立ち向かい、受け止める姿に新鮮なパワーをもらえる作品である。