渋谷アップリンクさんの試写会で、映画「プリピャチ」を見てきました。
「プリピャチ」とは、チェルノブイリ原発所から約4kmに位置する町で、1986年の原発事故後は、許可のない立入りは制限をされています。
映画「プリピャチ」は、その立入り制限で、生きる人々を記録しています。
「プリピャチ」を見れば、原発や、放射能について「何か」が分かると思ってました。
「プリピャチ」を見て、原発や、放射能について、ますます分からなくなりました。
映画の中(=プリピャチの町)で「ここは放射能の値が高い」と言われても、目に見えないので「?」と、なり。
老女の「家を空けると、すぐ誰かが、家の周りをうろついている」という話をきき、専門家のかっての住処が荒らされているのを見ると「放射能より、人間が怖い」と思い。
専門家の方が「ここには150年かかっても人間が住めるようにはならない」とおっしゃっても、戦後60年たった広島と長崎では、人間が暮らしている事実があり。
(量だとか、質だとかが違うのかもしれませんが)
プリピャチで、プリピャチで捕った魚を食べ、プリピャチで汲んだ水を飲み、プリピャチで取ったきのこを食べ、たんたんと日常生活を送っている老夫婦がいらっしゃり、「平気なのでは?」と変に、前向きになり。
原子力発電所で働く方が「事故はわたしが起こさせません!」と言っても、福島で事故が起きてしまったことを考え。
(プリピャチと、福島は、別のことなのですが)
何が何だか、ますますわからなくなりました。
わからないなりに、印象に残ったのが、プリピャチに戻って暮らす老夫婦の言葉でした。
「ここで生まれて、ここで育った。ここにいたい」という趣旨のことをおっしゃっていました。
彼らも、放射能汚染の危険性は認識をしています。
起こってしまった変化を運命として受入れて、何かを、誰かを憎む訳でもなく、「プリピャチにいたい」気持ちを優先させ、たんたんと日常をおくっているようです。
どれだけ、いろんな知識を集めても、勉強をしても、原発や放射能について100%理解できることなんてないでしょう。
彼らの姿を見て、情報や知識に振回され、右往左往するのは愚かしいことのような気がしてきました。
ある程度は知識を知る努力をして、ある程度以上は、達観するというか。
ただ、自分は、まだ、達観するほど知識を得ていないのです
「ますます、分からなくなった」なりに、勉強をします。