2011-09-14

『緑子/MIDORI-KO』クロスレビュー:「食べること」の純粋さとグロテスクさを、キャッチーかつ不気味に描いた唯一無二の作品。 このエントリーを含むはてなブックマーク 

「鬼才ヤン・シュヴァンクマイエルに絶賛されたらしい」
「全編、鉛筆画のアニメーション長編作品らしい」
「13年の製作期間を費やして、1人で創り上げたらしい」

 上記の3つの情報とそのタイトル、そして予告編の映像だけで猛烈に観たくなり、このクロスレビューに応募したのだけれども、想像以上に私のツボをグイグイ刺激する作品だった。

 舞台は食料危機が迫り来る時代。ベジタリアンの主人公・緑が、食欲旺盛なアパートの同居人たち、時には自らの「食欲」と闘いながら空から飛んできた謎の食用生命体「MIDORI-KO」を育てる…というお話。

 本作のテーマは「食欲」。
 あどけない赤ん坊のような可愛らしい表情で動きまわる「MIDORI-KO」を食物としてしか見なせないアパートの住民たちの姿は、グルメ番組で紹介される話題のお取り寄せ商品や大ヒットメニューになんの疑いもなく食らいつく私たち自身を傍観しているような感覚に陥った。日常のなかでの当たり前の行為なので普段は気にかけることは少ないが、「食べること」それ自体や、その行為の純粋さやグロテスクさを見せつけられているように感じた。

 ちなみに、本作を絶賛したというチェコ・アニメの巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエルの作品にも食事シーンがよく出てきたり、「食べること」をテーマにした短編があったりするのだが、シュヴァンクマイエルは幼いころは食事が嫌いだったそうだ。その感覚が良く分からなかったけれど、「食べること」を客観的に見ることのできる本作を観て、少し理解できたような気がした。

 物語は冒頭こそ穏やかな雰囲気だが、展開していくにつれて高くなる狂気じみたテンション、増えていく奇異な情景(心情?)描写に圧倒されることは必至。そして、おぞましさと清々しさがないまぜになったラストシーンを迎える…。

 ここまで書くと、なんだか取っつきにくい作品だなあと思われる方もいるだろう。
 私も、本作を観る前まではその風変わりなタイトルや予告編映像を観て「アートで難解な作品なんだろうなあ…」と想像していたが、ちゃんと伏線があって話の展開も分り易かった。

 更には登場するキャラクターたちがティム・バートン監督のクレイ・アニメーションに出てきそうなほどポップかつ不気味な魅力を持っていたりして、思っていたよりもキャッチーな作品でもあった(余談だが私のお気に入りのキャラクターは、小銭ドロボウと緑が使っているパソコンである)。

 そしてなにより、黒坂氏が色鉛筆1本で描いたという画そのものの持つ迫力に圧倒された。柔らかそうな肌、ほのかな陽の光、湯船の中に溜まったお湯…などが黒坂氏独特の怪しげなコントラストや「ゆらぎ」とともに表現されていて、スクリーンに映しだされた映像を見るやいなや、グッとその世界観に引きこまれた。

 一人の男が鉛筆一本で13年の月日を要して創り上げた、「怨念の塊」のような珍奇で不気味、唯一無二の世界観を持つこの作品。是非、劇場に足を運んで鑑賞して欲しい。

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宮城 宙

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宮城 宙