エジプトで起きた<革命>を、
イギリスのメディアをベースにウォッチングした記録の第9信です。
第8信以前の日付の記録についてはわたしのブログまたは
TUP速報のウェブサイトに掲載されているものをご覧ください。
http://www.tup-bulletin.org/
http://newsfromsw19.seesaa.net/
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民衆蜂起 第17日(2月10日)
第14日目の月曜日は、BBCのレポーターが「ニュー・ノーマル」と名付けた、すぐそこにプロテストのあるエジプトの新しい日常について、第15日目火曜日は、エジプト全土で300万人が路上に出たとも言われるいままで一番大きなデモと、スエズの労働者の無期限スト突入について、第16日目水曜日は、エジプト各地に広がった労働者のストライキについて順を追って書いていたのだけれど……ああ、もうそんなことより、いまじゃん。
18.10 GMT
夕方4時過ぎごろからたたみ掛けるように情勢が変わった。まず、ムバラク大統領が今夜、国営放送でスピーチするとの報道があり、どうやらそれは辞任のスピーチではないかとのレポートにBBC24のニューススタジオは色めき立つ。その根拠として、軍の高官が解放広場を訪れ、プロテスターに向かって「今夜、すべての要求が達成されるだろう」と言ったとABCテレビが報じたというのだ。
そのころ、軍は意志決定のための最高会議を開いており、会議開始に先立って居並ぶ軍高官の面々が国営放送の画面に映し出された。これはいまだかつてないことだそうだ。本来ならそこにいるはずの最高司令官(大統領)の姿がない。ムバラクが辞任したあとの権力の移行期間に軍部のクーデターがあるかもしれないとの見方が広がる。
それからまもなく、またたく間に世界を駆け回ったムバラク今夜辞任のニュースに対し、内閣のなんとか大臣が噂にすぎないと否定したとロイターが報じた。なんだよ〜と思いつつ、気を取り直し、では、明日は予定通り、いままでにない規模の街頭行動を実施するまでだ(と、自分は行けもしないのにすっかりその気になっている)。明日はアルジェリアでも巨大なデモが予定されている。
ところが、たいして間を置かず、やはり辞めるらしいとの報道。STEP DOWN ではなく、STEP ASIDE という表現が使われる。STEP ASIDE(委譲)だって実質中身はいっしょじゃんと思うが、なにかこだわりがあるらしい。
再びツイスト。与党NDPの議長にBBCのキャスターがインタビュー中に、明日の朝までムバラク大統領が同じ地位にいることはないとの発言が出る。また、BBCアラビア語放送を聞いていた友人からの情報によれば、ムバラクはすでに国をあとにしたとの報道があったとのこと。同じ情報を受けてか、BBCのキャスターが議長に「まことにつまらない質問なんですが、大統領はいまどこに?」と質問したところ、「知らない」との回答。
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17.30 GMT
アルジャジーラの画面が、エジプトの国営放送でいま放送されている画面に切り替わった。切り替わったと言っても、アルジャジーラと同様に解放広場の人混みを俯瞰しているだけだ。2時間ほど前から国営放送でこれを放送するようになったとアルジャジーラのキャスターは言う。
この17日間の民衆蜂起の期間を通じて、国営放送が初めて蜂起の実体を国民に向けて放送している。マイクを向けられると、広場で騒いでいるのはほんの一握りにすぎない、かれらは国を代表していない、と言っていたデモ不支持派の人々は、この光景を見てどんなにか驚いているだろう。まだ路上に出ていないエジプト国民の脳みそに、いま初めて消毒されていない革命の熱が注入されている。
アルジャジーラのすごいところは、中立なんてなんのそのと報道機関の「節度」をやすやすと越えてしまうところだ。例えばいま、ムバラク大統領の演説が国営テレビで放送されるのを待ちながら、だれもが気にしている次の動き、軍がどう出るかについてスタジオのキャスターと現場のレポーターが会話している。そして、軍の介入について、訳知り顔にいくつもの可能性を示してみせたりはせず、もしも、軍が市民に銃口を向けたら軍にとってこれだけの不利益があると並べ立てている。
民主化を要求する丸腰のプロテスターに対して武力を用いるようなことがあったら、世界に民主化を先導するアメリカに対して公然と異議を申し立てることになる。そうなれば、アメリカから受けている莫大な軍事支援も、最新鋭の兵器も、最新鋭のジェット戦闘機も、最新鋭の技術も軍事訓練も、すべて手放さなければならなくなる。それら全部をみすみす手放すほど軍は馬鹿ではないでしょう、と(だいたいこんな内容のことを言ってました)。
自発的な市民からなるプロテスターたちを「民主化要求派」「民主化支持派」と呼び続けているのも、知る限りではアルジャジーラだけだ。他のメディアは「反政府派」「反体制派」「反ムバラク派」「野党グループ(日本のメディア)」などを使い分けていて、「民主化要求派」とはあまり呼ばない。アルジャジーラだけがこの抵抗運動の本質をつかんでいる証左だろう。(BBCのニューズリーダーのジョージ・アレガイヤもプロテスターを一貫して「民主化支持派」と呼び続けている。アレガイヤはスリランカ系)
4月6日ユース・ムーブメントなどの若者主体のグループにとって、ムバラク辞任は目標ではなく、もっとずっと遠くにある目標の第一歩にすぎない。だからここを譲るわけにはいかない、妥協できない。かれらはナイーブなのではなく、もっとずっと遠くを見ている。
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20.40 GMT
すでに人でいっぱいの解放広場に人々が続々と集まってきている。歴史的な瞬間を多くの人々と共に喜ぼうとの一心で。
予定されていたスピーチの時刻を30分以上過ぎて、ムバラク大統領のスピーチの内容がアル=アラビアで報じられたとロイターが報じた。国営放送で放映する前になぜ他国の衛星放送のアル=アラビアにその内容がわかるのか疑問であるが、大統領のスピーチが当初言われていたようにライブではなく録画であれば、その録画に立ち会った人のリークだろう。あるいは攪乱情報か。それによると、ムバラクは蜂起のさなかに命を落とした人に遺憾の意を表し、戒厳令を解除、大統領権限をスレイマンに委譲し、自分は完全に手をひくと言ったとされる。
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21.10 GMT(ムバラクの演説放送後)
Hugely disappointed!!!!!
録画みたいだったが内容は全然違うじゃん。
とうとうアメリカにまで公然と矛先を向けた。他国の意見は聞かないと。
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1月25日に今回のプロテストが始まったときからずっと現場にいるエジプト系イギリス人の俳優ハリド・アブダラーが、BBCの電話インタビューに答えている。声は暗い。(かれについては http://newsfromsw19.seesaa.net/article/183985713.html をご覧ください)
「非常に失望した。そして、恐れてもいる。あの演説は明らかに挑発で、この挑発によって何か起こるのではないかと恐れている。かれは、われわれが何人死んでも何も気にしないのがわかった。ムバラクもスレイマンも国民全体、それどころか世界全体のなにものも気にかけていないのがわかった」
レポーターが問う。「ムバラクが去ったのち、スレイマンが大統領の座につくことについてはどうですか」
「1週間前ならスレイマンにもチャンスがあった。でもいまは違う。(ムバラクの演説を聞いているあいだ)先週の衝突で兄弟を殺された男がわたしの隣にいて、かれは演説を聞いてその場にくず折れ、自分を抑えられなくなり、落ち着かせるのにずいぶん時間がかかった。ムバラクの演説はかれにとってはひどい侮辱だ。周りでは泣き崩れる人も多かった」(先週の「親ムバラク派」によるプロテスターとジャーナリストへの攻撃は、スレイマンの指示であると広く信じられている。事実であろう)
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解放広場が攻撃にさらされたその夜のことを、ハリドがガーディアン紙の記者に語っている(記者のブログから)。
2011年2月3日10.19am カイロ・タハリール[解放]広場にて(ガーディアン紙のニュースブログから)
「わたしたちは勝利するだろう。暴力体制は断末魔の苦しみの中にある」とイギリス人俳優ハリド・アブダッラーはタハリール広場でわたしに話した。
昨夜、かれはプロテスターが銃撃されるのを目撃した。
「銃創を負った男の額からかれの脳みそが流れ出るのを見た。真っ黒な夜だった」
しかし、ムバラクの戦略は機能していないとかれは言う。
「ここにいる人々は動揺していない。わたしたちは生業も宗教も年齢もばらばらの組織化されていない人間の集団だ。社会的正義と政治的正義を切望する確信の強さこそが、わたしたちを結びつけている」
http://www.guardian.co.uk/news/blog/2011/feb/03/egypt-protests-live-updates#block-3%23block-13
上記は以下のアドレスにも掲載されています。
http://newsfromsw19.seesaa.net/article/185440400.html?1297512039
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=918