「春の嵐」と言えば、どうしても思い出してしまう、欠かせない記憶と匂い。あの出会いと別れの季節に、湿った切ない匂い。古びた教室の匂い、新しい教科書の匂い。…けれど、この「スプリング・フィーバー」は、私の持つそんな切ない「春の嵐」に関する記憶を覆す、強烈な愛の軌跡の話でした。
私はもともと、香港映画や大陸映画が好きで、それは「あからさまな下品」と「表立たない性」が上手く調和しているから。でもこの作品は、激しく乱れた性の錯綜が根底にあります。そしてそれが、雨に打たれた蓮の花のように、静かに凛とその存在感を表し続けるのです。冒頭の愛し合う男たち（ワン・ピンとジャン・チョン）の旅行の導入部なんか、正直、「あーもうどうしよう」と思ってしまいました。カメラワークの影響もあって、ちょっと生々し過ぎたので。でも、男同士の同性愛が、映画の冒頭からラストに至るまで描かれているのですが、それが、「奇をてらった」とか「好事家っぽい」などという言葉とは無縁に日常の一こまとして描かれていて、結局、乱れているのは性ではなくて、人の心の、感情のもつれなのだ、ということに気づかされるのです。
夫を愛するあまり、探偵をつけ動向を探り、結果的に夫の恋人が男であったことを知って逆上して、何もかも失うリン・シュエも、捜査対象としてジャン・チョンに近づくもその魅力に引き込まれ、最終的には愛憎の別離を経験する探偵も、自分もしたたかでありながら恋人を男に取られた形になってしまうリー・ジンも、みんなみんな自分の荒れ狂う春の嵐のような感情のもつれに抗いきれない。そして、ドラマの中心にいるように見えるジャン・チョンも、本質的には激しい孤独と戦っている、と私には感じられました。
愛するが故に孤独になるのか、孤独だから愛することにしかすがれないのか…。大人になってから経験する「スプリング・フィーバー」は、なんと激しい嵐なのでしょうか。
