2010-05-06

『春との旅』クロスレビュー:「孤独」と向き合う指針が描かれた秀作 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 この作品で何回も出てくるのが、寒いのにもかかわらず外気を入れるために窓を開ける、という演出だ。締め切った部屋の窓を開けるのは、空気を入れ替える、風通しを良くする、との意味でするものだが、それは、この作品のテーマであり、一番の見どころを表現している。

 北海道のさびれた港町から、孫の春が失職したために、一緒に暮らしていた祖父の忠男は自分の老い先の面倒をみてくれるところを求めて、春といっしょに兄弟の家を訪れていく、というこの作品の物語は、筋だけ追っていくとよくあるロードムービーという印象を受ける。しかし、内容は「人生の孤独」を見据えた深みのある人間描写がいくつも演出されていて、観る者に深い感動をもたらしてくれる。その導入部の意味で、窓を開ける演出が何回も出てくる。

 歩くことも辛いほど身体がいうことをきかない祖父の忠男に、懸命につきそう、ようやく二十歳になる若い孫娘の春の姿は、とても健気に見える。しかし、春は自分のために都会に出て働きたいとの思いから、忠男から離れようとしている。しかし、両親がいなくなってしまった春にとっては「人生の孤独」への一歩へとなる怖さがある。
 一方の忠男は、ニシンを求めて家を出て行き、兄弟とは疎遠となり、そして娘や孫にも捨てられようとする「孤独な人生」を歩んできた。その二人の旅する姿だけでも切なくなってくるのだが、窓を開けてからはじまる、忠男とその兄弟たちの会話は、さらに切なさが伝わってくる。

 人は老いていけばいくほど、心が狭くなり、余計にガンコになり、自分のことしか考えなくなって人を受け入れたがらない。それは血が濃い兄弟や親類ならば、なおさら心が通い合わなくなるケースが多い。この作品は、そんな老いた人たち特有の心がもたらす「孤独感」を、長回しという緊張感のある演出から見せる。窓を開けるという演出には、人を受け入れる心を開く、という意味が込められているのだ。
 しかも、この作品では若者の「孤独感」にも鋭い視線を投げかけている点が、実に興味深い点だ。

 老人と同じく、若ければ若いほど視野は狭く、生意気と言われると他人への思いやりが粗雑になって、自己中心などと言われがちになる。この作品の孫娘・春にも、人への思いやりに欠ける、若者らしさが見える。その心の窓を開けようとしていくのも、この作品の大きな見どころだ。春が人に対して心を閉ざしがちなのは、彼女にまつわる悲劇も要因しているのだが、だからこそ、これから「孤独」と向き合う人生に不安を感じだす春には、とても共感する部分が多い。

 この作品の試写会に来ていた人は、とても年齢層が高く、一般公開まで年長の人向けとして喧伝されるだろうが、私個人としては、若い人が見るべき作品だと思う。「孤独」と向き合うことを怖がる人が多い若い世代には、この作品から生き方の指針が見つけられるような気がするのだ。心を開くことの大切さを、若い人たちにこの作品から感じて欲しいと思う。

 この作品は、演出の良さと役者の演技の素晴らしさが上手く融合しているのだが、中でも登場シーンはとても短いのだが、美保純の後ろ姿の演技には感銘を受けた。忠男の弟の妻を演じているのだが、わからず屋でガンコなところがある夫を理解している優しさがあるという性格を、後ろ姿だけで見せた演技は特筆すべきものだった。春を演じた徳永えりなど、珠玉の演技者たちを見るだけでもねこの作品は一見の価値があると思う。

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山中英寛

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