中山美穂演じるトウコが泊まっているバンコク有数の豪華ホテルのオリエンタル・ホテルの美しさが、とても印象に残る作品だ。特に、トウコがいる部屋「サマセツト・モーム」の華麗さは驚くばかりだった。オリエンタル・ホテルは、モームやジョセフ・コンラッドなどの宿泊した有名作家たちの名のついた部屋があり、たぶん原作者にとっては有名作家と同じ部屋に泊まったときの感動が忘れられなかったのだろう。その原作者の感動や思いは、映像化されても充分に伝わっていたと思う。
サマセット・モームと言えば、長い年月を経ても愛を失っていなかった女性が登場する、一種のファム・ファタール(運命の女)ものの「剃刀の刃」が知られているが、この作品も、日本に婚約者を残してタイに赴任した男が妖艶な女性に心惑わせ、その相手の女性にとってもそれが忘れられない男となった、ファム・ファタールものと言っていい物語だ。しかし、運命の男と女を描いているにしては、あまりに内容が薄すぎたのにはちょっと失望してしまった。
何より気になったのは、尺か長過ぎたことだ。この内容で2時間10分以上もそうだが、ともかく、ムダなシーンが多すぎる。物語に関係もなく、わさわざ入れる意味も感じない演出が、やたらと気になった。それによって、主人公の男女がかわすお洒落な会話も空回りしてしまう印象をうけるし、特に男性側に愛だけでなく人生にさえも真剣さが感じられなかったのは、どうにもいただけないことだった。その結果、ファム・ファタールものにしては後半があまりに演出が軽くなってしまっていたのは、前半を長くしてしまったからではないかと思う。
正直な話、この作品の主人公の男女には、もっと命がけで愛しあってほしかった。命がけの愛、などと言うと、「ダサイ」と言う人もいるだろうが、運命の絆がある男女ならば、命も周囲もかえりみず、真剣に愛を貫く、という姿を画面から見せるくらいでないと、ファム・ファタールもの映画としてはリアリティーが観客に感じられてこないのだ。試写会に来ていた女性たちもイマイチ、という表情をしていたが、おそらく多方の会場の観客は、この作品の愛の形にはあまり納得はしていなかったろうと思う。
2時間以内、100分くらいに編集していればもう少し引き締まった、いい内容になっていたかもしれない。ただ、その前に演出する側に、もう少し、命がけに人を思う、全身全霊をこめて愛する人間の姿を観察する力を持つべきではないか、といささか偉そうだがそう感じざるおえない作品だった。