この作品のフランス語原題は、「子供たちは私たちを告発するでしょう」。これを言い換えれば、「私たちの未来は蝕まれている」ということだ。しかも、その未来は遠い話ではなく、現在進行形の未来であることを、この作品は観る者に力強く、訴えかけている。
オープニングで、今の食品がどれほど化学汚染に汚され、それを食べる人類の多くが身体を病んでいっていることを訴えたあと、カメラは南フランスの小さな村へと入る。その村で行われているのは、子供たちに安心したものを食べてもらおうと、給食をすべて有機野菜や自然食、つまりオーガニックに転換するという、大胆な変革だ。なぜそうするのか。それは、今まで農薬を使った農業がどれほど村民たちの身体を蝕んでいるかを、カメラは村民たちをとらえながら、切々と訴える。
この作品での衝撃は、いかに我々が自分たちが口にしているものに毒が多いか、ということだ。メタボ予防にと、野菜を多く食べても、農薬に汚染された野菜を食べ続けると、メタボから脱する前に命がなくなる、と言ってもいいくらい、今の食物事情は人を危機へとおいやっているのだ。正直、ここまでとは思っていなかっただけに、この作品を見たあと自分の無知を嘆くばかりだった。
ただ、この作品はドキュメンタリーでありながら、監督のオーガニック礼賛からの視点が強すぎるために、やや作為的な演出が見え隠れする。それは昔のヒトラー礼賛した内容のドキュメンタリー「わが闘争」にも近いくらいだ。だから、観た人の中には、内容に「押し付けがましい」と思って、そっぽを向いてしまう人もいるかもしれない。
しかし、作為的な演出があっても、ほとんどの事例が正確なデーテに基づいたものであること、登場する村の農業の実態、そしてオーガニックの給食を嬉々として食べる子どもたちとその給食をつくる料理人たちの責任感を見ていくうちに、オーガニック食品の重要性を観る者たちが感じはじめて、どんどんスクリーンに惹きこまれてしまう。それは、今の環境問題、人類の未来への危機意識を我々は早急に高めなければならない、という危機感がそうさせてしまう。
今の環境問題とは、私は人類の良心が試されていること、と思う。人類の歴史は、自分たちの欲望のために、自然を壊すことにほとんどを費やしてきた。その欲を捨てなければ、真に環境問題を考えることなどできないと思う。
その意味では、オーガニックとは人類の良心そのものなのかもしれない、とこの作品から感じずにはいられなくなる。