2009-04-30

退屈知らず・命知らずなドキュメンタリー このエントリーを含むはてなブックマーク 

思わず、息を飲んだ。「なんと、無謀な!」
そそり立つビルの谷間、ワイヤー一本の上に一人立つフィリップ・プティの姿を見た人は、思わずその恐ろしさに青くなり、怒り出すかもしれない。興味本位、やじ馬半分。そして多くは、畏れを感じて。
でもこの映画を見た人に、決してそうは映らないことを、私は約束する。

子供のように目を輝かせ、いつしか彼の冒険に参加している気分にすらなってしまった。こんな魅力的な犯罪はない。眠っていた冒険心、イタズラ心・・・今にも飛び出しそうな心臓を抱えて、だけど楽しくてわくわくして。彼の仲間の一部になって、時間を忘れてしまったような気分。口を開けたまま。そしていつしか、その青い空の中へと、いざなわれていた。
つまりは、すっかりノセられてしまったのだ。このフィリップという男に。

何かに挑戦する、というこのギリギリの緊張感。本当は命を賭した無謀な戦い。だが、この物語を引っ張っていくのは、フィリップのそのイタズラいっぱいの輝く瞳であり、好意を寄せずには居られない大仰なしぐさ。まくし立てる言葉の端々から、我々の自らの内に発見できる、私達の心に眠っていた冒険心。
そして、ムード・メイカーである、マイケル・ナイマンの音楽。

ここでの音楽の使われ方は従来の“映画音楽”、というだけの存在ではなかった。最近の映像至上主義の骨太なドラマに見られるような、切り詰められた表現とは全く異なっている。この大胆さに、むしろ目新しさすら感じるほどだ。音楽は一登場人物になりきっていて、主張し、無理にでも我々の心を引っ張り、心を安らげる中心的存在となっていた。私たちの心理に入り込み、そしてひっきりなしに勇気づけていた。緊張で溢れんばかりになっているはずのその時に、マイケル・ナイマンの音楽はそうはさせなかったのだ。安心して身を任せることが出来る。ニクいほどにありがたい!

なぜ、この映画を見るべきか?それは、フィリップのように「不可能」という言葉を決して言わない人間を見てみたいから。
私たちは、飽くなき創造性と可能性とを抱えた子供のまま、彼の冒険を一緒になって経験することができるだろう。可能性にまるで終わりがないかのように、青空の向こうへと続く彼の無謀な冒険。
そして私たちは、イタズラな表情が消え去り、打って変わって、目をつむり集中力を高める真剣なフィリップの姿を、痛いほど心に焼き付けるだろう。

キーワード:


コメント(0)


とらねこ

ゲストブロガー

とらねこ

“にゃほー。”