何年も映画を見てきた私は、一年に一本はまともではない、変な映画を見ておきたいと思っているので、この作品はうってつけだと想像していた。が、観てみると、意外にまともな人間が出てきたことに、いささか拍子抜け、というのが率直な感想だ。しかし、主人公の人間的な可愛らしさには、とても好感がもてた。
この作品は、アイデンティティ探しだけを徹底的に描いた内容だ。主人公のピは、テレビの前説芸人でありながら、ミュージシャンや役者の夢が捨てきれない。特に、有名歌手のクロヴィスの歌を愛しすぎたために、本人を拉致してしまい、実はクロヴィス本人に自分自身を同一化したい、というのが、この作品の趣旨だと思う。だから、映画の途中に突然、大男が暴れて出てきたり、水族館の魚が出てきたりするが、それは内容にはさほど関係はない。それらを無視して主人公だけを見ていくと、実に可愛いらしいのだ。
ピは、拉致したクロヴィスをガムテープでグルグル巻きにするのだが、話しかける姿は実に優しく、本当にクロヴィスが好きであることを見せる。拉致してしまうほど好きで、その人物になりたいと思う切ない気持ちは、とてもわかる気がするのだ。
しかもピは、テレビ局のおかげで、昔、舞台で共演した片思いの元女優とも話ができる。そのときの会話もなんとも優しげで、主人公の人の良さに見ていて切なさがこみあげてきた。大人になりきれてない大人、と主人公を表現できるだろうが、自分のアイディンティティなんてどこに求められるのかわからない現代人が多い中で、歌手や過去の出会いにアイデンティティを求めようとする主人公の思いは、私は同調するし、好感がもてたのである。
変態だったのは、この作品の監督だったのかも。ちょっとどうでもいいシーンが多かったように感じたのは、この作品の監督自身の変態趣味と暴走のおかげかもしれない。