文禄堂高円寺店で行われたトークイベントより、塚本晋也監督(中央)、岩田和明氏(左)、嶋津善之氏(右)
洋泉社より発売された塚本晋也監督『野火』の書籍『塚本晋也「野火」全記録』の刊行記念トークイベントが8月27日、東京・杉並区の書店、文禄堂高円寺店で開催。この本の著者・塚本監督と、編集を担当した編集者の嶋津善之氏、そして『映画秘宝』編集長の岩田和明氏が登壇した。
最初に岩田氏は、「『野火』という映画の制作から海外への出品、そして宣伝・配給・全国行脚に至るまでのすべての過程が、他の映画に差し替えができない、この映画固有の道のりを辿っている。監督の話を聞きながら、その道のりを記録するだけで面白いと思った」と、この本の企画を宣伝・配給スタッフから持ちかけられ編集を担当することになった契機を説明。塚本監督の代表作『鉄男』そして『鉄男 THE BULLET MAN』の研究本『完全鉄男』(2010年)の編集担当だった嶋津氏に共同編集を依頼し、「塚本監督はこの映画を“戦争の記憶をバトンタッチしていく”というコンセプトで作っていますが、僕も映画人として『野火』という映画の制作方法と配給・宣伝・公開の仕方を、後の世代につまびらかにしなければいけない、という使命感がありました」とこの本への情熱を明かした。
塚本監督はこの書籍のテーマについて「『太平洋ひとりぼっち』(海洋冒険家・堀江謙一の手記)みたいな“冒険もの”にしたかった」と解説。「シネコンだと全国どこも同じだけれど、ミニシアターはどの映画館も、支配人さんの顔の数だけ全て違う。この本のように、全国の映画館をまわってみてほしい」と、全国の上映館に赴いた監督ならではの読み方を提案した。
予算不足のため、「最初はひとりでフィリピンに行って三脚を立てて自分で演じて自分で撮るつもりだった」という塚本監督。書籍に掲載されている撮影に使用した絵コンテや資料について「あまりに特殊なやり方なので、“こうすれば映画ができる”という参考にはならないかもしれないけれど、逆に、“こんなやり方でもできるのか”“なんでもやればできる”という勇気づけにはなる」と若手へエールを送ると、岩田・嶋津両氏も「“じゃあ君の固有の映画作りはなんなんだい?”と疑問を投げかけられる本」「作るという意思だけあれば、とらえずなんとか道は開けるのかな、と感じました」と強く同意した。
そして岩田氏の「今はiPhoneでも映画は撮れるけれど、それをどう届けるかがおざなりになっている。その手引としてこの本は相当役に立つと思う」という言葉に対し、塚本監督は俳優として出演した『シン・ゴジラ』について言及。「『シン・ゴジラ』の撮影のときに庵野(秀明監督)さんはiPhoneで撮ってましたよ。そして本編でもけっこう使われていました。例えば現場で一度にたくさんカメラをまわしているときに、庵野さんは俳優の近くで下から撮っていたんです」と撮影現場の裏話を明かした。
なお塚本監督は、本書の表紙の装画も担当。iPhoneのアプリ「Tayasui Sketches」が「普段使用しているので手に馴染んでいる」と、このアプリのiPad版を使用し、水彩画のようなタッチで物語の主人公・田村を描いている。
この日のトークは、書籍に掲載されているメイキングの写真や塚本監督自ら行脚した各地のミニシアターの写真をスクリーンに映しながら進行。監督が持参した絵コンテなど貴重な資料も公開された。
終戦70年にあたり制作された『野火』をめぐるこの1年について、塚本監督は次のように述懐する。「僕は10年前に戦争体験者の方々にインタビューしたのですが、そうした戦争の痛みを知る人が次々といらっしゃらなくなるにつれて、世界がどうも戦争のほうに動いている、と思えてならなかった。この映画を作る前も、作っているときも、作り終わったときも、その危機感が世の中の空気としてなかったばかりか、戦争について心配する人をバッシングする空気さえあり、それが非常に恐ろしかった。でもこの1年で、口をつぐんでしまっているばかりでいいのか、と声を上げ始めて、最後には国会にものすごい数の人が集まるようになったことと、『野火』の旅とはシンクロしているんです」。そして最後に、「いちばん大事なのは、作り手として、戦争をどう伝えていくか。それは難しく、自分もまだ答えが出ていないけれど、終戦70年目で終わらせたくないし、71年目の今年も『野火』は観てもらいたい。72年目、73年目と時間が経てば経つほど、こういう映画を観せていく必要がある、なんらかのかたちで、これからも上映していきたい」と噛み締めるように語った。
『野火』は現在アンコール上映を実施中。9月は東北でも上映が開始される。
『塚本晋也「野火」全記録』は大岡昇平の同名戦争文学を塚本晋也が監督・主演で映画化し2015年に公開された『野火』の制作過程をはじめ、ヴェネチア国際映画祭ほか世界の映画祭での上映の模様、そして上映された全国64館の劇場の情報を掲載。さらに柳下毅一郎氏が参加したミニシアターをテーマにした座談会、原一男監督との対談、大林宣彦監督とのトークイベントのレポートなど、「完全自主製作・自主配給映画のすべて」という帯の言葉の通り、全272ページのボリュームで『野火』という映画の作り方から上映されるまでがまとめられている。
『塚本晋也「野火」全記録』
著:塚本晋也
発売中
定価:2,376円(税込)
272ページ
発行:洋泉社
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映画『野火』
戦後71年アンコール上映中
映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
【北海道地区】
浦河 大黒座 9/17、18、19
【東北地区】
宮城 フォーラム仙台 9/2~9/9
盛岡 フォーラム盛岡 9/2のみ
山形 フォーラム山形 9/3のみ
福島 フォーラム福島 9/3のみ
【関西地区】
兵庫 豊岡劇場 9/10~9/16