映画『ニュースの真相トークセッションより、左から金平茂紀さん、佐々木俊尚さん、堀潤さん、森達也さん
CBSテレビの敏腕プロデューサー、メアリー・メイプスの自伝を基に、ブッシュ大統領候補の軍歴詐称疑惑に関する一大スクープと伝説のアンカーマン、ダン・ラザーをめぐる騒動の一部始終をすべて実名で映画化した『ニュースの真相』が8月5日(金)より公開。7月28日(木)渋谷ユーロライブで金平茂紀さん(TBS「報道特集」キャスター)、佐々木俊尚さん(作家・ジャーナリスト)、堀潤さん(ジャーナリスト・キャスター)、森達也さん(映画監督・作家・明治大学特任教授)が登壇したトークセッションが実施された。
この映画の舞台となるのは、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が再選を目指していた2004年。アメリカ・CBSニュースのベテランプロデューサー メアリー・メイプスは、伝説的ジャーナリストのダン・ラザーがアンカーマンを務める看板番組『60ミニッツ』で、ブッシュの軍歴詐称疑惑を裏付けるスクープを放送し、全米にセンセーションを巻き起こした。だが、「決定的新証拠」を保守派のブロガーが「偽造」と断じたことから一転、メアリーやダンら番組スタッフをはじめ、CBSは猛烈な批判の矢面に立たされる。同業他社の批判報道もとどまるところを知らず、ついに上層部は内部調査委員会を設置した──。
映画『ニュースの真相』より、メアリー・メイプス役のケイト・ブランシェット(左)、ダン・ラザーを演じたロバート・レッドフォード(右) ©2015 FEA Productions, Ltd. All Rights Reserved.
当時テレビ局のワシントン支局長だった金平茂紀さんは次のように回想する。
「『ニュースの真相』で描かれる事件が起きた時は、ちょうどワシントン支局長だったので、リアルタイムでずっと見ていました。僕はその時、最初は『やったな!』と思っていたんですが、次の日にはブログの書き込みによって状況がどんどん変わっていって、ダン・ラザーが辞めるようになり、CBSの体制も変わっていったのをリアルタイムで見ていたので、この映画を観てその時の記憶が甦ってきました。この映画が描いていることは、アメリカだけのことじゃないなと。今僕らの周りで起きていることも、これにすごく近いこと、同じようなことが起きている、そうなんだよなと、この映画を観ながら思いました」
95年まで毎日新聞の社会部で事件記者として警視庁を担当し、先頃『「当事者」の時代』という本を出した佐々木俊尚さんは、元事件記者の視点から、主人公メアリー・メイプスへ厳しい視点を忘れない。アカデミー賞作品賞受賞作『スポットライト』との意外な共通点を発見していた。
「この映画を観ていて、毎日新聞の事件記者だった時代を鮮烈に思い出しました。一番気になったのは、メアリー・メイプスが、(証拠文書を書いた人物の)上官であるホッジスに電話取材するシーンです。電話で『内容を読み上げますよ』と言って読み上げて、(ホッジスは)否定しなかった、っていう(シーンです)。ファクトに対する微妙な甘さみたいなものが、少しあちこちから滲み出ていて、そこが元事件記者としては非常に気になりました」
映画の中で描かれるブッシュの軍歴詐称疑惑を追っていたメディアの中には、CBSだけではなく、『スポットライト 世紀のスクープ』でカトリック神父の性的疑惑を取材した〈ボストン・グローブ紙〉の取材チームがいたという、「ジャーナリスト映画」の共通点を披露した。
映画『ニュースの真相』より、ダン・ラザーを演じるロバート・レッドフォード(左) ©2015 FEA Productions, Ltd. All Rights Reserved.
今もなお未解明のままになっているブッシュの軍歴詐称疑惑、その根底には組織ジャーナリズムの問題が潜んでいるのか?最近まで巨大な組織の中にいた堀潤さんはこんな印象をもっている。
「組織がトラブル、リスクと判断したら経過は封鎖されていき、ストーリーによって裁かれていくという本作の展開は、ある意味で僕は身を以て体験したことがあるので、そのあたりが非常に苦い思い出と重なりながら観ました。自分が目の前で信じるものが、果たして何によって判断されているものなのか、ということを常に警戒することっていうのは、ジャーナリストや取材者、表現者だけではなくて恐らくメディアがインターネットなどによって開かれた現代においては誰もが警戒をしながら目の前の情報と向き合うべきだろうと非常に強く感じました。今回の映画のケースで言うと、ファクトチェックが甘いばかりに誤報に近いようになって裁かれて。すると各社も追及を辞めてしまって、ブッシュが実際はどうだったのかという話は、未解明のまま放置されています。それはある種、業界全体が横並びで業界を守るという方向にいった、ともとれますよね。日本でもこの間の吉田調書の話でもそうですが、実際はもっと追究すべきところですが、これ以上やると俺たちも飛び火するのが嫌だし、そもそも世の中の関心は別の方に向いているし、とスッと行ってします。これって何か処方箋はあるのかな、是非皆さんの意見を伺いたい点です」
映画『ニュースの真相』より ©2015 FEA Productions, Ltd. All Rights Reserved.
現在最新作『FAKE』が大ヒット中の森達也さんは、映画監督として本作をこう評価する。
「(この映画と)ほぼ同時期に『スポットライト 世紀のスクープ』を観たんです。作品として『スポットライト』の方が上ですが、“どっちが好きか”と言われると『ニュースの真相』が好きです。好き嫌い(の理由)は、そう簡単に言葉にできないけど、まず一つはブッシュが嫌いなんで(会場笑)、それはすごく大きいですね。もう一つは、やっぱりメディアが何のために存在するのかということ。もちろんカトリックも権威ですから、それの不正を暴くというのは大事なことですが、やっぱり一番強大な政治権力とどう対峙するかということをしっかりとテーマにしていたのはこっちですよね。映画として、この作品だけではなくて、『大統領の陰謀』や最近では『グリーン・ゾーン』など、アメリカはかなり政治あるいはジャーナリズムの映画がほぼ実名で描かれるんですよね、この映画もそうです。日本の映画ではどうかというと、まず実名が出てきません。エンタテインメントでアメリカはそれをやるんですよね。で、(映画の中で)ブッシュの顔もちゃんと使うわけでしょ。そういった形でしっかりと権力を批判する、風刺する。で、権力もいちいち『こんなことしてなんだ』と言って来ないわけですよね。そのあたりも日本と土壌がだいぶ違うな、と思います。ジャーナリズムって組織メディアだけではダメで、“個”が屹立していないといけないと思う。でも、日本の場合は“個”が組織に回収されすぎてしまっているので、なかなか切っ先が鋭くならない。それをメディアがやってしまうと、僕は駄目だと思います。でもここ10年、20年、メディアがそういった形で、企業としては健全化しているけれど、メディアとして、ジャーナリズムとしてはすごく鈍化する方向に向かっているんじゃないかなという気がしていて、この映画を観ながら、(日本とアメリカで)微妙に差異はあるんですが同じような構図だな、という気がしました」
日本のメディアの問題も思わず浮き彫りになったガチンコトークセッション。アメリカ大統領選がヒートアップしている現在、エンタテインメント作品であるこの『ニュースの真相』はメディアの在り方について、報道の受け止め方について考えるきっかけとなるだろう。
映画『ニュースの真相』
8月5日(金)TOHOシネマズ シャンテほかにて
全国順次ロードショー
出演:ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォード、エリザベス・モス、トファー・グレイス、デニス・クエイド、ステイシー・キーチ 他
脚本・監督:ジェームズ・ヴァンダービルト
原題:TRUTH
2015年/アメリカ・オーストラリア/125分/シネスコ/5.1ch/英語
日本語字幕:松浦美奈
配給:キノフィルムズ
公式サイト:http://truth-movie.jp