映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
レスラーを夢見て施設から脱走したダウン症の青年が、偶然出会った漁師、そして施設の看護師の3人と旅する過程を描く映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』が2月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国公開。webDICEでは、本作が長編初監督作で、9019年のSXSW映画祭(サウスバイサウスウェスト映画祭)でNarrative Spotlight部門の観客賞を受賞したタイラー・ニルソン&マイケル・シュワルツのインタビューを掲載する
この企画は、自身もダウン症である俳優ザック・ゴッツァーゲンの「映画スターになりたい」という夢を叶えるためにニルソンとシュワルツが書き上げた脚本をもとに製作が開始。ゴッツァーゲンの夢と、レスラーになりたいという夢を叶えるべく奮闘する主人公の夢をシンクロさせるべく、ザックと共に旅する仲間役にシャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソンが参加。さらにジョン・ホークス、トーマス・ヘイデン・チャーチ、ブルース・ダーンといったベテラン俳優も脇を固めている。心の傷を抱えながらもザックとの交流により過去を断ち切ろうとする漁師タイラーはまさにラブーフのはまり役。俳優陣の熱演が、いささかご都合主義な筋立てにリアリティをあたえ、エモーショナルに昇華させ、新たなバディ・ストーリーと形容したい、爽やかな感動を与えてくれる。
「この映画のテーマは、真実の愛と、お互いをありのまま受け入れることです。僕は完璧じゃないし、ここにいるみんなも、シャイアも、ザックも完璧じゃない。ザックは他の人たちよりは璧に近いかもしれないけど、完璧な人間などいません。そういう映画なので、観る人が共感しても不思議ではないです。でも、思っていた以上に大きな力がこのメッセージにあったのは、うれしい驚きです」(タイラー・ニルソン監督)
何かがこの映画に味方していた
──映画の公開、おめでとうございます。映画に込めた愛が伝わってきました。私たちに必要なのはこういう映画です。
マイケル・シュワルツ:タイラーと僕が本当に見せかったのは、ザックです。ザックの映画を作りたいと思ったんです。
タイラー・ニルソン:そこにみんながサポートしてくれた。
マイケル・シュワルツ:だから製作することができた。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』マイケル・シュワルツ監督(右)タイラー・ニルソン監督(左)© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
──製作において特に大変だったことは何ですか?
タイラー・ニルソン:僕らは初めて長編映画の監督をしたので、他の人たちのプロセスはわかりません。これが僕らのやり方なんです。確かに課題はありました。障害のある男性が主人公の長編映画に参加してほしいと口説くのは簡単ではありませんでした。ましてやチョイ役でなんて。でも、僕らは本当に恵まれていました。最後までやり遂げたんですから。何度も行き詰りましたが、製作会社アーモリー・フィルムズのみんなが、このストーリーを世に出すために力を貸してくれて、支えてくれました。
マイケル・シュワルツ:それに、何かがこの映画に味方していたように思います。タイラーと僕は、少数のスタッフとキャストで小規模の映画を作ろうとしていました。そこへ、みんなが次々と力を貸してくれて、映画がどんどんいいものになった。ブルース・ダーン、それに、アルバート・バーガーとロン・イェルザをはじめとするプロデューサーたち、そして、ジョン・ホークス、シャイア、ダコタが参加してくれて、どんどんいい映画になっていきました。
──思っていた以上にいい映画になったんですね。
マイケル・シュワルツ:僕らは目の前にある目標を達成するためにベストを尽くします。なので、完成させられるという自信はありましたが、2~3年後に海外のメディアの方たちとテーブルを囲んでこの映画の話をするとは思っていませんでした。感謝の気持ちでいっぱいです。小規模な映画祭での上映など、できることはやろうと考えていたので、僕にとって、いや、僕らにとって、これは一大事です。
タイラー・ニルソン:そう。本当に特別なことです。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
ザックの演技を見られたことが、人生で一番嬉しかった
──予測不能なショットがたくさんありますね。シャイアから聞いた話では、ザックがいなくなったり、右へ行くはずが左へ行ったりするようなことがあったそうですが。どう対処したんですか?
マイケル・シュワルツ:彼らはその場の状況に応じる力とお互いを理解する力がかなりあったと思います。俳優たちはただセリフを言うのではなく、相手の言ったことを受け入れ、それに応えていたので、本当に気持ちがこもっていたし、アドリブをする余裕もありました。それにタイラーと僕は、作られたセリフにこだわる監督ではありません。自然体な演技が好きなので、俳優にここを少し変えてみたいと言われた時は、「やってみて」と言いました。ザックは本当に素晴らしかった。もちろん現場にいた人全員が素晴らしかったですが、ザックは本当に最高でした。次々と新しいことに挑戦していました。「ルールその1は?」「パーティ」というセリフは、彼が思い付いたんです。
タイラー・ニルソン:あれは本当によかったよね。右へ行くはずが、突然ザックが左に曲がったんですが、結果的にそっちの方がよかった。これが映画の魔法ですね。舞台とは違って何テイクも取れたおかげで、この映画の中でも特に好きなセリフが生まれました。
ザックは、演劇と舞台芸術を学んだ才能ある俳優で、JCC(Jewish Community Center)というユダヤ人のコミュニティセンターで演技指導をするという熱心な人です。また、ザックは映画館の案内係としても働いています。僕らが必ずやろうと決めていたことは、ザックが踊れるようにダンスフロアを作ることでした。ザックのような人たちが踊ると、他の人たちとは違う動きをすることがあります。ザックが急に左に曲がったのも、最高でした。あまりにも違うことをしてしまっても、次は少し気をつけようと考え、バランスを取ればいいんです。とにかく、彼の演技を見られたことは、人生で一番嬉しかったことのひとつです。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
──シャイアの参加が決まった経緯は? 初期の段階から彼を考えていたんですか?
タイラー・ニルソン:はい。僕は以前からシャイアのファンでした。彼がどういう人物かは、よく知ってます。自分を含め周りが彼をどう思っているかも分かってます。良くも悪くも、とても強力な人物です。僕たちは、シャイアが演じたタイラーがどういうキャラクターなのかを、観客に分かりやすく伝えたいと思っていました。シャイアが演じることによって、観客は彼に対する先入観を持ちながらタイラーを見ることができるんです。
マイケル・シュワルツ:シャイアが演じることで、タイラーの人間的成長を理解しやすくなる。
タイラー・ニルソン:タイラーが大きく成長することで、エンディングが一段といいものになると思います。過去の行いのせいでいい印象を持たれていなかった人が、他人の幸せのために自分の人生を犠牲にするようになるまで成長したら、とても感動的します。愛嬌があって親しみやすい、若いころのジョージ・クルーニーのような人気俳優がこの役を演じたら、そういう変化を描き切れないでしょう。シャイアはこの作品で過去の過ちを捨て去り、カタルシスを得たかったんだと思います。彼は俳優という仕事に全力で取り組んでいます。この映画でも、すべてを出し切ってくれました。彼が全身全霊を捧げてくれたことは、映画を観てもらえればわかると思います。
マイケル・シュワルツ:彼はこの映画を大切に思ってくれています。僕とタイラーもそうです。出演者全員が大切に思ってくれていたと思います。しかもそれは現場にいる時だけではなかったので、サマーキャンプか家族の集まりのような感覚でした。人間関係が良好だと、カメラの前でもそれが表れるんだと思います。
ザックとの友情の証にこの映画を作った
──映画の評判には驚いていますか?小規模な映画祭で上映するどころではなかったですね。
タイラー・ニルソン:何とも言えないな。驚いてはいません。この映画のテーマは、真実の愛と、お互いをありのまま受け入れることです。僕は完璧じゃないし、ここにいるみんなも、シャイアも、ザックも完璧じゃない。ザックは他の人たちよりは璧に近いかもしれないけど、完璧な人間などいません。そういう映画なので、観る人が共感しても不思議ではないです。でも、思っていた以上に大きな力がこのメッセージにあったのは、うれしい驚きです。マイクといろいろ動画を撮ってはYouTubeにアップしていて、10万人ほどの視聴者がいるんですが、褒めてくれる人もいます。それから、マイクとふたりでベスト・バディーズのカンファレンスに参加したんですが……。
マイケル・シュワルツ:ケネディ・シュライバーが設立したダウン症患者を支援するNPO団体です。
タイラー・ニルソン:そこである女性が、8歳のダウン症の娘が近所に住む同じ年の女の子たちに化け物と呼ばれ、「どうして私はこんな意地悪をされなきゃいけないの?」と泣きながら帰ってきたと話をしてくれました。他にもいろいろな話を聞きましたが、彼女が、「私の娘を化け物と言った子たちとその親にこの映画を観せるのが楽しみです。この映画を観たら、きっと、娘を化け物と呼ばなくなるだろうから」と言ってくれました。考えたこともなかったです。インディアナ州に住む8歳の女の子が、学校でそんな風にからかわれているなんて、本当に胸が痛みます。
──子供は残酷ですね。
マイケル・シュワルツ:それにまだ人生経験が少ないんです。タイラーと僕はただ、ザックとの友情の証にこの映画を作りました。この最高の物語を作りながらザックと過ごせただけでも嬉しいのに、世界中の人、特に身体障害やダウン症に関わる人たちにこの映画を観てもらえたことは、思いがけない喜びでした。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
──海での撮影は苦労しましたか?避ける人が多いですよね。
タイラー・ニルソン:そうですね。ホラー映画なら、舞台はたいてい装飾された寝室ですよね。この映画は僕らの初監督作にも関わらず、撮影はすべて野外で行いました。主演俳優はダウン症で、撮影場所は南部の海。おまけに真夏でしたし、犬もいました。見事に課題が山積みですね。とは言うものの、最高で、比較的簡単でした。マイクと僕、いや、僕は水と相性がいいんです。水泳の州代表選手でしたし、サモアで船乗りをしていました。サーフィンもやります。それから長年、アドベンチャーガイドをしていたので、船を熟知しています。潮と風、それに海水の動きなどを理解しているので、水中を歩くシーンは45分で撮り終えました。ボートを出し、上空から撮ったり、 遠くから、あるいは近くで撮ったりしました。というのも、マイクと僕はかなり……。
マイケル・シュワルツ:潮の周期を熟知しているんです。潮が満ちようとしていて、撮影ができなくなるところでした。
タイラー・ニルソン:撮影場所が消えてしまいそうでした。あのシーンの最後では、腰の深さのところを歩いているんです。気付きましたか?それに、サメのヒレが映っているんですよ。
──ええ、気付きました。サメがいたんですか?
マイケル・シュワルツ:1匹は、セットのすぐ近くを泳いでいました。
タイラー・ニルソン:辺りはサメだらけでした。腰の深さのところに立って撮影していたら、マイクが僕の方を見て「サメがウヨウヨしてる」と言ったんです。「だよね?」と言い返すと、マイクは「最高じゃん!」と興奮してました。
マイケル・シュワルツ:すごかったですよ。映像にも映すことができました。
タイラー・ニルソン:うん、本当にすごかった。それに、おそらく180センチくらいの大きさのサンドシャークで、最悪の場合ふくらはぎの筋肉を噛まれるかもしれないけど、死にはしないとわかっていましたから。
マイケル・シュワルツ:ほとんどのシーンは水着を着て監督していました。なので、よく泳ぎました。シャイアとザックが泳いで川を渡るシーンの撮影の時も。
タイラー・ニルソン:一緒に泳ぎました。
マイケル・シュワルツ:泳ぎながら台本を読んで2人にシーンの説明をしていました。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
タイラー・ニルソン:現場で撮った僕らの写真があるんです。僕らは水の中から船に乗っているスタッフに話していて、彼らが僕らを見下ろしている。ボートチェイスのシーンは大変でしたが、コンセプトトレーラーの撮影で来たことがあったので、何をすればいいかわかっていたし、準備もできていました。ご覧になりましたか? 水中を歩くシーンもあります。ボートチェイスのシーンも見られます。僕らとプロデューサーのデイヴでたくさんのシーンを撮りました。基本的に、マイクがカメラを抱えてジェットスキーにまたがって、僕とザックが広い海を奥深くまで進んでいきました。こういった撮影も、僕らにかかれば簡単でした。とにかく僕らは水を知り尽くしていますから。
マイケル・シュワルツ:この映画は特別なんです。ここまで長く、海で物語が展開する映画はあまりないんじゃないでしょうか。小規模の映画では特に。僕はプロジェクトを引き受けたり執筆したりする時、どこを撮影場所にするかを考えます。気持ち的にですが、実際に行けるかどうかも考えます。
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弱者のスーパーヒーローを描くスーパーヒーロー映画
──まずは劇場で公開して、その後に配信するということにはこだわりましたか?
タイラー・ニルソン:劇場公開はうれしかったですが、こだわってはいません。僕らがこだわったのは、ザックの主演映画を撮るということだけなので、妥協して有名俳優に障害者役を演じさせるつもりはありませんでした。劇場公開が決定した時に聞かれたら、「すごくうれしいです」と答えたでしょうが、こだわったというわけではないです。
マイケル・シュワルツ:劇場公開なんて夢にも思わなかったし、それが当然だと思ったこともありません。本当にすごいことです。昨晩、アークライト・シネマのレッドカーペットプレミアで上映したんですが、劇場の大きなスクリーンとサウンドで観る経験は、本当に特別なものでした。感謝の気持ちでいっぱいです。
タイラー・ニルソン:いっそう素晴らしいってことだよね。劇場で観ると感動もひとしおです。この映画はある意味、弱者で期待もされないスーパーヒーローを描くスーパーヒーロー映画ともいえる映画です。ザックがスーパーヒーローになる、いわゆる、何て言うんだっけ? 始まりの物語?
マイケル・シュワルツ:誕生秘話。
タイラー・ニルソン:この映画は、ザックが目指すヒーロー“ピーナッツバター・ファルコン”の誕生秘話なんです。『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』は、マーベルのスパイダーマンや他のキャラクターたちに立ち向かうんです。マーベルの映画も劇場公開されていますから。僕らに勝ち目はないとわかっていますが、正直、心のどこかで、「負けてたまるか」なんて思っています。
──タイトルでは勝ってますよ。
マイケル・シュワルツ:それはどうも。ありがとう。
(オフィシャル・インタビューより)
タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ(Tyler Nilson, Michael Schwartz)
ニルソンは「どうでもいい商品の」CM出演や、世界屈指の手のパーツモデルとしてブラッド・ピットの手の吹替で活躍、シュワルツは自転車でのアメリカ横断や果樹園づくり、長いヒゲを伸ばすことなどに挑戦していたが、2014年に短編映画『The Moped Diaries(原題)』の監督と脚本を共同で手掛け、製作会社ラッキー・ツリーハウスを設立。現在は映画やCM、マリナラソースを一緒に作っている。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』
2月7日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、
アップリンク吉祥寺ほか全国公開
監督・脚本:タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ
出演:シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ザック・ゴッツァーゲン、ジョン・ホークス、トーマス・ヘイデン・チャーチ、ブルース・ダーン、ジョン・バーンサル、イェラウルフ、ミック・フォーリー、ジェイク・ロバーツ
プロデューサー:アルバート・バーガー、ロン・イェルザ、クリストファー・ルモール、ティム・ザジャロフ
配給:イオンエンターテイメント
2019年/97分/カラー
原題:The Peanut Butter Falcon