骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2019-11-20 23:00


フムスでパレスチナとイスラエルの葛藤を表現、『テルアビブ・オン・ファイア』監督語る

人気メロドラマの結末と冴えない脚本家の恋の行方、そして民族の対立を重層的に描く
フムスでパレスチナとイスラエルの葛藤を表現、『テルアビブ・オン・ファイア』監督語る
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

『パラダイス・ナウ』のパレスチナ人俳優カイス・ナシェフが主演を務め、複雑なイスラエルとパレスチナの情勢をコメディ・タッチで描く映画『テルアビブ・オン・ファイア』が11月22日(金)より公開。webDICEではサメフ・ゾアビ監督のインタビューを掲載する。

物語の核となるのは、1960年代の第3次中東戦争前夜を舞台にした連ドラ「テルアビブ・オン・ファイア」。スパイとして送り込まれたパレスチナ人女性ラヘルとイスラエル軍将軍イェフダとの恋の行方を描き人々に人気のメロドラマだ。その現場で脚本家見習いとして働くうだつのあがらないパレスチナ人青年サラムは、毎日通る検問所の主任アッシからドラマの設定のアドバイスを受ける。アイディアが採用されたサラムは一躍脚本担当に抜擢され、ドラマの結末を任されることになる。撮影現場で議論される「ラヘル&イェフダを結婚する設定にするか否か」という設定にイスラエルとパレスチナの対立が投影されていたり、サラームが幼馴染の女性マリアムへの恋心を自身の脚本に折り込み愛を伝えようと四苦八苦するなど、随所に重層的な構造が設けられている。アッシの話を聞き出すために彼が大好物だという美味しいフムスを街中駆け回り探す場面をはじめ、検問所を挟んだパレスチナとイスラエルで生活する市井の人々の生活が垣間見られる点も興味深い。「アラブ式キス」をめぐるやりとりやヘブライ語とアラブ語の距離など、分離壁を挟んだ二つの場所の関係が人々の暮らしが生き生きと描かれている。なお、ラヘルを演じるフランス人女優タラ役には『パラダイス・ナウ』のルブナ・アザバル、マリアムを『ガザの美容室』に出演するマイサ・アブドゥ・エルハディが演じているのにも注目してほしい。


「フムスを使ってイスラエルとパレスチナの間の葛藤を見せたかった。イスラエルはパレスチナ人を殺したり追放したりしています。しかし、そこには土地があって、アイデンティティがあって、食もあるのです。けれどもテルアビブではフムスやファラフェルといったパレスチナの食事が“イスラエル料理”としてもてはやされています。それはまさにイスラエルが意図した戦略的なものなのです」(サメフ・ゾアビ監督)


お客さんの笑顔によって報われた

──映画を制作にあたり困難はありましたか?

脚本執筆に3~4年、そして出資を募るのに5年くらいは最低かかるとみていたので、自分の気力が持続できるかということが大変でした。それと、劇中劇です。もう、すでに何度も描かれているかたちなので、そこに私のユニークな視点、声をどう反映できるかということ。これは多分に、内省的な映画でもあります。映画作家として、作る過程を見せる事が試されました。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』サメフ・ゾアビ監督

自分の背景を、つぶさに見つめる作業にもなり、私はイスラエルで育ったイスラエル国籍を持つパレスチナ人なので、ヨーロッパの出資を得るためには、やはりイスラエルのファンドにアクセスする必要があります。イスラエルの中に入って、イスラエル人のプロデューサーを起用してという、政治的なことになってくる。そういう出資を募るとなるとイスラエル側に対してあまり批判的ではいけない、どういったイメージを保ち、パレスチナ寄りすぎてはいけないといった注目が注がれます。逆にパレスチナの方からは、この問題を軽んじすぎてはいないか、イスラエル寄りすぎていないか、ちゃんとパレスチナのアイデンティティを維持できているかといった批判の目で、注視されてしまう。ヨーロッパはヨーロッパで、なぜ出資をするかというヨーロッパのアジェンダというか、なんらかの目論見がある。理由なしにパレスチナを支援しないという事です。

だから誰に尽くすかということと、自分のアイデンティティが問われるという作業になる。皆なにかしら求めてくるものがあります。「このキャラクターは、もうちょっとこうしてほしい」、そういったジレンマの連続で、これを逆に使えるなと思いました。なにかを創造するというクリエイティブなプロセスを描くということ。そこに政治的現実が絡んでくるというのは良い素材になるなと思ったのです。これをそのまま映画にすれば、それを逆手にとれる。それは自分の立場をある意味守りつつ、出資も得られサポートも得られる。長年かけて取り組むに値する作品だと思いました。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

──各国の観客の反応はいかがでしたか?

成功すると信じてはいましたが、躊躇し、懸念すべきことはありました。コメディで、しかもパレスチナ・イスラエル問題を扱っているので、挑戦でした。ヨーロッパやイスラエルなど通常の出資ルートは申し込んでも結局拒否されてしまったのですが、イスラエルのフィルムファンドのコメディ部門というのがあり、そこから何とか出資を得ることができました。 カンヌやベルリンでは、中東の問題というとシリアスなドラマというイメージがあって、娯楽すぎるとアートではないとみられがちなので、アートとエンターテインメントとのさじ加減がリスクを伴いました。前例がなかったので、そういうものは皆、躊躇するのです。けれどもオーディエンスのリアクションというのが一番で、ヴェネチアで初めて上映をしたとき、1500人のお客さんが皆、終始笑ってくれて、私は泣きました。「ほら言っただろ!皆、面白いと思ってくれたんだよ。」と。自分を信じていたけれども、初めてそこで立証された気がしました。なので、もうちょっとお客さんを信用して、出資や配給を決めてくれたら……という気持ちはありますが、やっぱりお客さんの笑顔によって報われたなと思いました。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

一緒にフムスを食べる事で和平が実現する

──実際に、イスラエル・パレスチナで人気のドラマはありますか?

すぐに例が思い浮かびませんが、「Jewish Quarter」というエジプトのドラマでかなり話題になったものがありました。舞台が1945年で、いわゆるソープオペラもの。主人公の女性がユダヤ系のエジプト人でカイロのユダヤ人居住地区に住んでいて隣人のムスリムの男性が恋人なんですね。ただ、その彼が行った戦争は1948年のパレスチナを救うためという大義の戦争だったために、二人は関係を禁止されてしまうというジレンマの恋物語です。なぜエジプトでこんな題材の物を作ったのかは分からないですが、これが反ユダヤ的になるかどうか、キャラクタのあり方はどうか、といろんな議論がその先にあったんですね。

最近でも、Netflixの「ファウダ -報復の連鎖-」というイスラエルのドラマがあります。これは軍隊の部隊で、アラブ系の訓練を受けアラブ人を装ったイスラエル兵士が、西岸地区でいろいろ活動するというもので、アクションということもあって、ヨーロッパやアメリカで好まれている作品なんですが、いつでもパレスチナ人はテロリストとして描かれ、それをイスラエルが守るというヒーローもので、いつまでもそういうストーリーが続いているのです。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

──サラムが検問所の主任アッシにふるまおうとするフムスが表現するものは?

フムスを使ってストーリーの中で葛藤を見せるということです。イスラエルがパレスチナ人に何をしたかというと、パレスチナ人はいないとしたり、殺したり追放したり、専用の地域に追いやったりしています。あたかも彼らがいないかのよう、つまり自分のモラルが問われないようにしています。しかし、そこには土地があって、アイデンティティがあって、食もあるのです。

けれどもテルアビブではフムスやファラフェルといったパレスチナの食事がもてはやされて、いろんなものが食べられるんですが、ちょっと見てくれを良くして“イスラエル料理”だと言っている。アメリカにもイスラエル料理として、無害な感じでやっているけれども、結局それはパレスチナの食文化を盗んで金儲けをしている。例えばハンバーガーは世界中にありますが、それをイスラエル系ハンバーガーと言って売らないと思うんです。だから、フムスをイスラエルのものと言っているのは、まさにイスラエルが意図した戦略的なものなのです。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

だからイスラエル軍司令官のアッシに「オリジナルのフムスを食べたいんだ」「あぁ、やっぱり良いよね。むこうのは美味しいよね」と言わせることによって、フムスはパレスチナのものですよということをリマインドしたい、皆に気づかせたいという気持ちがあります。もう一つあるジョークが賞味期限が切れた缶詰のフムスです。あれをアッシは喜んで、これが地元のオリジナルの味だ!と言う。つまりオリジナルを知らずしてそれを模倣しているということ。

もう一つ、アッシがイェフダとラヘルの結婚にこだわります。ユダヤ系とアラブ系の結婚は、一緒にいられると、どこが不満なんだ、どんな不満を持っているんだと彼は言っているんですよね。一緒にフムスを食べるという事で和平が実現する。シリアのダマスカスで一緒に何かを食べるというのは、和平実現のあるべき象徴的な見方ですが、やっぱり今となっては幻想となってしまった。オスロ合意の後に、一時はフムスをダマスカスで皆が一緒に食べることがあたかも可能かのように言われていましたが、まだ彼は引きずられているというか、そういった中で生きているのです。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

──影響を受けた映画作品はありますか?

実は、フランスのプロデューサーに本作の脚本を送ったところ、ウッディアレンの『ブロードウェイと銃弾』と『ウディ・アレンのザ・フロント』の二つを想起させると言われました。でも事前に観たくなかったので、終わった後に観ました。あと、『トッツィー』です。これは観ていたんですけど、指摘されても驚きませんでした。というのも私が惹かれるのは非常にシンプルなキャラクタ、主人公がどこにでもいそうな人であり、そこにユーモアがあるという作品が好きなんですね。

あと、影響を受けたのは、フェデリコ・フェリーニ。作品で言うならば『カビリアの夜』『青春群像』です。二つともコメディではないけれど好きですね。あと、ヴィットリオ・デ・シーカの『自転車泥棒』。イタリアのこういった初期の作品は好きですね。いつもインスパイアされるのはシンプルな作品の中にユーモアを盛り込んでそこに真髄というか、何かつまっているもの。あと、観た後でなんらかの気づきや学びがあり、どこかに政治・社会的なものを盛り込んだり、染み込ませることが出来る、そういった作品に影響を受けてきたといえます。

映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623
映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

──日本の観客にどのように楽しんでもらいたいですか?

遠い所の話だ、あるいは既によく知っている中東問題だ、イスラエル・パレスチナ問題というのは興味がない、そういう方々にも、予想外のものが待ち受けている、ステレオタイプを壊す楽しい作品だということをお伝えしたいです。現実に悲観するようなことがあったとしても、この映画を観ている間は楽しい時間を過ごせることができると思います。

この映画について説明するというのは野暮と言うか、ある意味出来ないし、そういった事をあえてしようとは思いません。けれども特別な、なにか驚きのある作品だということはお約束できます。

(オフィシャル・インタビューより)



サメフ・ゾアビ(Sameh Zoabi)

1975年、イスラエル・ナザレ近くにあるパレスチナ人の村・イクサル生まれ。98年、テルアビブ大学を卒業後、映画研究と英文学を学ぶため、NYのコロンビア大学でフルブライト奨学金を受け、M.F.A(美術学博士号)を取得。05年に、短編映画「Be Quiet」がカンヌ映画祭に出品され、翌06年、フィルムメイカー・マガジンによって、「インディーズ映画界の新しい顔のトップ25」の1人に選ばれる。本作は、ヴェネチア、トロント、ロカルノ、サンダンス、カルロヴィヴァリほか世界各国の映画祭で上映・受賞し、世界から新たな才能として注目を浴び、今後の作品も期待される映画作家である。ハニ・アブ・アサド監督の『歌声にのった少年』(2015年)では脚本を担当している。




映画『テルアビブ・オン・ファイア』© Samsa Film - TS Productions - Lama Films - Films From There - Artémis Productions C623

映画『テルアビブ・オン・ファイア』
11月22日(金)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

監督:サメフ・ゾアビ
脚本:サメフ・ゾアビ、ダン・クレインマン
出演:カイス・ナシェフ、ルブナ・アザバル、ヤニフ・ビトン
2018年/97分/ルクセンブルク・仏・イスラエル・ベルギー/カラー/アラビア語=ヘブライ語
配給:アット エンタテインメント

公式サイト


▼映画『テルアビブ・オン・ファイア』予告編

キーワード:

パレスチナ / イスラエル


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