映画『解放区』 © 2019 「解放区」上映委員会
日本最大のドヤ街と言われる大阪・西成区の飛田新地やあいりんセンター、そして三角公園などでロケを敢行し、あるドキュメンタリー作家とそこに生きる人々の関係を描く映画『解放区』が10月18日(金)よりテアトル新宿、11月1日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかにて公開。webDICEでは、元産経新聞の映画記者、藤井克郎氏による原稿を掲載する。
原稿でも触れられているように、この作品は2014年に大阪での映像制作者助成金を得られる企画の募集で助成対象となり、大阪アジアン映画祭での上映を目指して制作が開始された。しかし、完成した映画について大阪市から内容の一部修正を求められたため、映画祭での上映は中止。納得できる作品の形での上映を目指すため、最終的に太田監督は助成金60万円を市に返還した。今回、5年越しの劇場公開となる。
路上生活者が数をなす光景を目に
完成から5年がたったことで、ちょうどいい具合に映画が熟してきたという。10月18日公開の『解放区』は、ドキュメンタリーやミュージックビデオなどを手がけるほか、舞台俳優としても活動する太田信吾監督(34)が、新たな映像表現の可能性を追求して取り組んだ初の長編劇映画だ。2014年の東京国際映画祭で話題を呼んだ異色作の満を持しての劇場公開に、「変わりゆく街の風景を切り取ったことの重みが、日に日に増してきているような気がしています」と力を込める。
映画『解放区』 太田信吾監督
太田監督自身が演じる主人公のスヤマは、ドキュメンタリー作家の夢を抱いて東京の小さな映像制作会社でアシスタントとして働いている若者だ。ある現場で先輩ディレクターの傲慢な取材態度に怒りを爆発させた彼は、自らの企画で真のドキュメンタリー作品を作るべく、かつて出会ったはぐれ者の少年を取材しようと大阪へと向かう。簡易宿泊所が軒を連ねる西成のドヤ街で少年の行方を探そうとするが、一人での行動に不安を覚えたスヤマは、引きこもりの青年、ヒロシを東京から呼びつける。
先輩ディレクターの強引な手法に批判的だったスヤマが、ヒロシに対しては独善的に振る舞うなど、メディア社会への痛烈な皮肉が込められているとともに、あるがままの西成の風景が映りこんでいて、フィクションながらドキュメンタリーの要素が満載。スヤマたちがさまよう通称「あいりんセンター」や「三角公園」には職にあぶれた人たちがたむろしているし、スヤマは覚醒剤の売人とも接触する。どこまでが本物で、どこからが創作なのか。虚実入り混じった映像世界が展開されるのも、この作品の刺激的な側面だ。
映画『解放区』 © 2019 「解放区」上映委員会
太田監督がこの映画の構想を得たのは2010年にさかのぼる。全国各地の映画館のない場所で映画を上映する企画の一環で、学生時代に撮った『卒業』という作品が西成で上映されることになり、初めてこの街を訪れたのがきっかけだった。
地元の人もたくさん見にくるなど大いに歓迎され、この街にすんなり入っていくことができたが、一方で路上生活者が数をなしている光景を目にして「こういう場所が日本にあるということを映像で知らしめたい」と思うようになる。そのときはまだ漠然としたものだったが、2013年に前作『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が完成した後、まだやり切っていないという思いが募り、大阪市が映画制作を助成する企画「シネアスト・オーガニゼーション大阪(通称CO2)」に応募。8月に審査を通り、翌2014年3月の大阪アジアン映画祭に上映することを前提に、急ピッチで進められることになった。
映画『解放区』 © 2019 「解放区」上映委員会
「やったれ、やったれ」と大喝采
太田監督によると、映画で描こうとしたテーマは大きく3つある。1つはメディアのあり方で、取材者の側ももっと当事者意識で取材対象に踏み込んでいかないといけないのでは、との疑問を提示したいというものだ。それまでドキュメンタリーの現場を経験して感じていたことであり、取材者であるミイラ取りがミイラになるような作品構成を考えた。
2つ目は人間の弱さ。社会構造からどうしても弱者と呼ばれる人が生まれてきて、切り捨てられた労働者があふれる西成の街はその象徴でもある。そういう弱い人たちにまなざしを向けたものにしたかった。
最後の一つは、キーワードでいえば楽園という言葉になる。弱さを受け止めてくれるこの街は居心地のいい場所でもあり、どっぷりと浸かっている人も多い。だが楽園はいつかは出ていかなければならない。そんなことも伝えたかったという。
何度も足しげく通って台本に仕上げ、街の一角にあるカフェの2階をスタッフや出演者の合宿所として貸してもらい、街に溶け込んで撮影に入った。撮影中も、自身の想像力を現実の方が凌駕するようなときは、なるべく取り込もうとした。せっかく出演者が覚えてきたせりふも、その場で変えてほしいと要求することもしばしばで、「決定稿が出来上がったのはクランクアップの日みたいな感じでした」と苦笑する。
この辺りは大阪の中でも特に危険だと言われるが、撮影をしていて怖い思いをしたことは一度もなかったと振り返る。大勢の人が三角公園に集まる越冬まつりのシーンでは、撮影前に太田監督が拡声器を手にステージに立ち、今からこういう映画を撮ります、と許可を取ったところ、「やったれ、やったれ」と大喝采が沸き起こった。
覚醒剤の売人役も、なるべく本物の人に出てもらいたいとみんなで街を探し回り、助監督が適任者を見つけてきた。本人に話を聞いたら、今は足を洗っているものの、以前は本当にやっていた人だった。もともとダンス好きということで表現欲もあり、積極的に協力してくれたと太田監督は笑みを浮かべる。
「そういう人をどんどん巻き込んで、撮影を進めていったという感じです。エキストラが必要だというとすぐに仲間を集めてくれたりして、横のつながりが残っている街なんだなと感じましたね」
映画『解放区』 © 2019 「解放区」上映委員会
助成金というストレスから早く自由に
2014年の1月にはすべての撮影が終了し、3月の大阪アジアン映画祭で上映される手はずだったが、ここで予期せぬ事態が起きる。編集が終わった段階で、CO2に助成をしている大阪市から一部の手直しを要求されたのだ。不特定多数が映っているシーンなど肖像権侵害につながるという主張だったが、監督がいちいち許可を取っていると説明しても埒が明かなかった。
「最後の最後に市の担当者と対面したのですが、もう話にならないと思って、その場で辞退すると言いました。署名運動をやろうという誘いもありましたが、市側はダメの一点張りだったので恐らく無理だろうし、そこに労力を割きたくないという気持ちも正直あった。早く助成金というストレスから自由になりたいという思いでしたね」
運よく2人のプロデューサーが作品に興味を持ってくれて助成金を返済。この年の10月には東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で上映されたほか、翌年の光州国際映画祭(韓国)にも招待されるなど評判を呼ぶが、すぐには劇場公開されなかった。
「前の作品が2014年の公開でバタついていて、それが落ち着いたら動き出そうと思っているうちに5年がたってしまった。でも5年たったことで、あの街を記録していたことの重みが出てきたとともに、この映画を届けるためにはどうしたらいいかを考える余裕が生まれた。配給や宣伝にかかわらせてもらって、制作と同じように大事な作業だなというのが見えてきて、この時期に公開できるのはよかったなと思っていますね」
映画『解放区』 © 2019 「解放区」上映委員会
蟻地獄を覗いてみませんか
西成の街は約1年前にも別の作品を撮りに訪れたが、以前とは様変わりしていた。ニッカポッカを売っていた作業着店が閉店していたり、簡易宿泊所がおしゃれなバックパッカーの宿になっていたりして、外国人の旅行客も増えていた。だが弱者が使い捨てにされている構図は今も変わってはいないのではないかと指摘する。
「今は外国人労働者にシフトしているのかなという気がします。来年の東京五輪や2025年の大阪万博に向けてさまざまな建設事業が進められていますが、この国には労働力を都合よく切り捨ててきた歴史がある。結果、その場所だったり人だったりがどうなったか。そういう部分も観てほしいという思いはありますね」
とは言うものの、決して社会性一辺倒という映画ではない。ミイラ取りがミイラになる情けない男の悲喜劇でもあり、ユーモアもたっぷりと盛り込まれている。
「心の中では笑いながら撮っていたし、ダメな人のダメっぷりを見てほしいというのもある。蟻地獄を覗いてみませんか、という感じでしょうか」
(文・インタビュー撮影:映画記者 藤井克郎)
太田信吾(おおた・しんご)
1985年生まれ。長野県出身。早稲田大学文学部卒。専攻する物語論の卒業制作として撮った『卒業』がイメージフォーラム・フェスティバル2010の優秀賞などを受賞。長編ドキュメンタリー映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(2013)は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映後、世界12か国で公開される。また舞台俳優として『三月の5日間』(岡田利規作・演出)などに出演しているほか、ミュージックビデオや映像インスタレーション作品を手がけるなど、幅広く活動する。
映画『解放区』 © 2019 「解放区」上映委員会
映画『解放区』
10月18日(金)よりテアトル新宿、11月1日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかにて公開
監督・脚本・編集:太田信吾
出演:太田信吾、本山大、山口遥、琥珀うた、佐藤亮、岸健太朗、KURA、朝倉太郎、鈴木宏侑、籾山昌徳、本山純子、青山雅史、ダンシング義隆&THEロックンロールフォーエバー、SHINGO★西成ほか
エグゼクティブ・プロデューサー:カトリヒデトシ
プロデューサー:筒井龍平、伊達浩太朗
アソシエイトプロデューサー・ラインプロデューサー:川津彰信
配給:SPACE SHOWER FILMS
2014年/日本/カラー/ビスタ/114分/英語字幕付き上映/英題:Fragile/R18+