骰子の眼

cinema

2019-10-24 21:40


観客同士で小指を繋いで叫ぶ!ホドロフスキー監督新作『サイコマジック』パリで上映

「本物の感情が欲しかった。だから俳優はいません」自身考案の心理療法の過程を描く
観客同士で小指を繋いで叫ぶ!ホドロフスキー監督新作『サイコマジック』パリで上映

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の最新作『ホドロフスキーのサイコマジック』が、パリで開催されたホドロフスキー監督のレトロスペクティブで上映された。webDICEではパリ在住の映画ジャーナリスト、佐藤久理子さんによるレポートを掲載する。

『ホドロフスキーのサイコマジック』は、10月14日まで開催されていた「あいちトリエンナーレ2019」の映像プログラムにて日本初上映され、2020年劇場公開となる。

パリのシネマテーク・フランセーズで、9月30日から10日にわたりアレハンドロ・ホドロフスキーのレトロスペクティブが開催され、『タスク』(1980)を除く、初短編『la Cravate』からすべての作品が紹介された他、フランク・パヴィッチによる『ホドロフスキーのDUNE』も上映された。オープニングには新作『ホドロフスキーのサイコマジック』が披露され、監督も出席。プレゼンテーションをおこなうとともに、観客とともに作品も鑑賞した。

会場には、本作で初めてカメラを担当した長年のパートナーで、衣装、色彩設計も手掛けるパスカル・モンタンドン=ホドロフスキーを伴って現れた監督。上映前の挨拶で、彼の初長編『ファンドとリス』(1967)を作った当時、シネマテークの創設者、アンリ・ラングロワに会ったエピソードを披露した。

『ホドロフスキーのサイコマジック』
シネマテーク・フランセーズでの上映より、ホドロフスキー監督

「いまこの瞬間、わたしはとても幸せです。わたしにとって映画は芸術。芸術家によって作られる、すべての芸術を総合したアートです。わたしがパリで初めて長編を作ったとき、こうした考えを理解して上映してくれるところはどこかと思い、シネマテークを思いつきました。当時はエッフェル塔のそばのシャイヨー宮にありました。そこでラングロワのところに行き、作品を観せたら彼は気に入ってくれ、上映してくれました。わたしにとっては大きな喜びでした。いま、あれからほぼ半世紀たって、こうしてまたシネマテークにいることに大変感激しています」

また新作について解説し、「自分にとって映画とは完璧に自由なもの。プロデューサーなし、ディズニーもなし。じゃあどうするか。クラウドファンディングです。『サイコマジック』の制作のために1万の人々が協力してくれました。これこそ我々の道です!プロデューサーをなくした次にやることは何か。俳優をなくすことです。俳優は感情があるフリをしますが、わたしは本物の感情が欲しかった。だから俳優はいません。さらにもうひとつ、自分をアーティスティックなカメラマンから解放することも必要でした。これもまた真実のものではなくなるからです。カメラを忘れなければならない。そこでわたしは、完璧に信頼できる人に託すことにしました。(ここでパスカルさんを呼んで)わたしたちは一緒に映画を作りました。ここで起こっていることはすべて本物。人はカメラに撮られているとわかると意識してしまう。でも隠しカメラのようにはしたくなかったので、わたしが『カット』と言ったあとも、パスカルは撮り続けたのです(笑)」と、種明かしをした。

『ホドロフスキーのサイコマジック』
ホドロフスキー監督とパスカル・モンタンドン=ホドロフスキー

『サイコマジック』は、人間関係や病などでトラウマを抱える人々に、ホドロフスキーがそれぞれにあった独特の指示を出し、それを彼らが実践することでトラウマから解放されていく様子をカメラに収めたドキュメンタリー。自然のなかで素裸になりミルクを頭から被ったり、体に金粉を塗って外を歩いたりする、いわばある種の催眠的ショック療法だが、それで彼らが明るい笑顔を取り戻す様子は、人間にとっていかにマインドの在り方というものが影響するかを物語っている。

上映後には観客との質疑応答があり、出演者はその後どうなったか、どうやってここまで彼らの信頼を勝ち得たのか、などといった質問が出た。撮影についてパスカルさんは、「彼らへの信頼やリスペクトの空気を作ることは大事でした。その秘訣は愛情です。人間に対する愛で、自分はただアレハンドロに付き添い、ほとんど直感的にカメラに収めていました。とくに指示はなく、ときどきアレハンドロに背中を押されると、少し前へ寄ったり、そうした小さなジェスチャーのみ。むしろ愛情の眼差しで被写体を見つめることが大事でした」と語った。

ホドロフスキーはさらに、「わたしたちは『パスカルハンドロ』という名で一緒にやります。とくに何も言わなくても、結果はいつもうまく行く。この地球上には男と女がいて、バランスが大切です。もちろん子供を作るには女性が必要だし、一緒に仕事をすることも大切」と語ったあと、会場に呼びかけ、「さあ、みんなで小指を繋いで、この世界を変えるために叫びましょう。あ~っ!と。素晴らしい!と叫びましょう」と、会場にもサイコマジック作用を及ぼし、観客が手をつないで一斉に叫ぶという、シネマテーク始まって以来の光景が見られた。

『ホドロフスキーのサイコマジック』
シネマテーク・フランセーズの観客

今年90歳を迎えたホドロフスキー監督だが、その尽きることのない情熱とエネルギーには驚かされる。今回のレトロスペクティブではさらに、何本かの作品のプレゼンテーションも務めた他、マスタークラスも開催した。マスタークラスは追ってシネマテークのサイトで視聴可能となる予定だ。

https://www.cinematheque.fr

(文・写真:佐藤久理子)



映画『ホドロフスキーのサイコマジック』

映画『ホドロフスキーのサイコマジック』
アップリンク配給により2020年公開

『ホドロフスキーのサイコマジック』は、彼自身が考案した心理療法「サイコマジック」の、実際の診療の様子を紹介する映画体験。過去の監督作品の映像素材も加え、ホドロフスキー映画における数々のシーンが、いかに「サイコマジック」という技法によって貫かれているかが解き明かされてゆく。彼は、自身をフロイトと対置した上で、「サイコマジック」は科学が基礎とされる精神分析的なセラピーではなく、アートとしてのアプローチから生まれたセラピーであると語る。長年にわたり個人のトラウマに応答する一方、社会的な実践「ソーシャルサイコマジック」を展開する様子を提示する。

監督:アレハンドロ・ホドロフスキー
2019年/フランス/100分/5.1ch


▼映画『ホドロフスキーのサイコマジック』海外版予告編

レビュー(0)


コメント(0)